経営者が変われば社員は変わるーー野上製材所の主体的な人の育て方|野上製材所 野上通宏さん

はじめから主体的な空気が流れていたわけではない。「どうして協力してくれないんだ」——社員に主体的に動いてほしいのに、うまくいかない。そう感じたことのある経営者は少なくないはずだ。野上さんもそのひとりだった。

野上さんがたどり着いたのは、多くの経営者が見落としがちな、あるシンプルな順番だった。社員に主体性を求める前に、まず自分がやることがある——その気づきと実践の物語から、学べることは多い。

DOITER

代表取締役社長 野上通宏さん


株式会社野上製材所

自分の熱量を、一方的に押しつけていた過去

野上さんが家業に社員として入社したのは、今から12年前のことだ。大学卒業後に木材商社で4年間の修行を積んだ。前職では、お客さんが何を求めているか、どんな製材工場が信頼されるかを、身をもって学んだ。「その経験を、今度はこの工場で形にしていく」——そんな気持ちで工場に入った。

やる気は誰よりもあった。売上を上げたかった。工場をもっと良くしたかった。だから必死に働いた。ところが、同じ熱量で動いてくれない他の社員を見るうちに、焦りと苛立ちが積み重なっていった。「どうして協力してくれないんだ」——そう感じながらも、ひたすら前に進もうとした。

そんな中でも、野上さんのペースについてきてくれた社員はいた。工場の中心的な存在として働いていた彼は、シングルファザーだった。子育てをしながら、無理をして残業を重ねてくれていた。だがある日、限界が来た。工場から帰ってきた野上さんを待っていたのが、「辞めます」の一言だったのだ。

野上さんの心に、ポカンと穴が開いた。

「自分はこの人の人生を、何も見えていなかった」

悔しさと申し訳なさが、じわじわと込み上げてきた。昨日まで一緒に働いていた人が、水面下でどれだけ苦しんでいたか、気づけていなかった。

もがいた先で気づいた、自分自身のこと

この出来事をきっかけに、野上さんは「自分に何ができるか」を真剣に考えるようになった。社員がもっと働きやすくなるために何をすればいいか。半年に一度、全社員と一対一の面談を設けた。チャットツールを導入し「言った言わない」をなくした。組織を4つの部署に分け、課長を置いた。社員が主体的に働く環境を作るため、できることを一つひとつ試していった。

だが、何かが足りなかった。ある時、ふと疑問に思った。自分は、本当の意味で主体的な仕事が出来ているのか?——と。

林業のことは父の方が詳しい。経営のことも、父に聞けばだいたい答えが返ってくる。会社の重要な決断を、最後は父の判断に委ねていた。でもそれは、責任を誰かに預けているということでもあった。最終責任は自分であり、自分以外は誰も責任を取ってくれない。その覚悟が足りなかったのではないか。

どうしたら退路を断ち、主体的に仕事をする覚悟が持てるのか。その答えを出すため、初めて、この問いに向き合った。

「自分は本当は何がしたいのか」

出てきた言葉は、驚くほどシンプルなものだった。社員を幸せにしたい。この会社で働いていてよかったと思ってほしい。朝早くから真面目に働いてくれる社員に、この場所を誇りに思ってほしい——それが、野上さんのやりたいことだった。

やりたいことが言葉になった瞬間、何かが変わった。「社員にどう思われるか」よりも「社員を幸せにするために、何ができるか」が判断基準となった。それを実感したのが、毎朝の声かけだった。「社員を幸せにしたい」と決めてから、野上さんは毎朝早く出社して、社員ひとりひとりに話しかけるようにした。戸惑う社員もいたかもしれない。それでも続けた。

「自分がどう思われるかより、この人たちと距離を縮めることの方が大事だと思えた。以前の自分だったら、きっと嫌われないことを優先して、続けられなかったと思います」

やりたいことが明確になって初めて、人の目への恐れより大切なものが見えてきた。

「何が得意?何がやりたい?」

自分がやりたいことを言語化したことで、主体的に動けるようになった。だとすれば、社員も同じではないか。そう気づいた野上さんは、ある社員のことを思い浮かべた。製材の仕事で、望む成果には届いていなかった社員だ。毎日頑張るその社員の姿を、野上さんはずっと見ていた。

「この人には、もしかしたら、他にやりたいことや、得意なことがあるかもしれない」

ある日、野上さんはその社員に聞いてみた。
「何が得意?何がやりたい?」

答えは、ITだった。パソコンでアプリケーションを作ることが好きで得意だったのだ。野上さんはすぐにポジションを用意した。社内のITツール整備や棚卸しシステムの構築を、その社員に任せた。やりたいことと、任される場所が重なった瞬間だった。

変化はすぐに現れた。その社員はのびのびと力を発揮し、社内のIT環境を次々と整えていった。そして面白いことが起きた。得意な仕事で自信がついたことで、本業である製材の技術習得にも前向きになっていったのだ。以前は力を持て余していたその社員が、今では会社に欠かせない存在になっている。

「嬉しかったですね」と、野上さんは静かに言った。

社員を幸せにするために、走り続ける

知っていても、できない経営者は多い。

「社員の強みを活かせ」——そう言われても、実行できるかどうかは別の話だ。野上さんができたのは、自分自身が先にそのプロセスを歩んだからだと思う。やりたいことを言語化し、主体的に動き始め、人の目への恐れを手放した。その体験があったから、同じことを社員にしようと思えた。

そんな野上さんには、今、目指している景色がある。5年後に売上20億円を達成すること。そのために設備投資を続け、会社をもっと大きくしていくことだ。ただ、その目的は数字ではない。

「会社が大きくなれば、給与ややりがいなど、社員に還元できることが増える。今よりもっと、この場所で働いてよかったと思ってもらいたい」

もうひとつ、野上さんが大切にしている想いがある。林業の発展に貢献することだ。茨城県北エリアで先代から続いてきた林業の歴史を、次の世代につないでいきたい。働きたいと思える魅力的な会社を作ることが、この地域の林業を守ることにもつながると信じている。

社員を幸せにする。林業を守る。その二つは、野上さんの中で矛盾なくつながっている。

「自分がどう思われるかより、自分が心からやりたいと思える事のために、自分に何ができるか」——家業に戻ってから12年、もがき続けてたどり着いた答えだ。

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