記事のPoint
- かつて”天狗”だった売れる営業マンが、家業の運送会社では現場で「教えてください」と頭を下げ続けた
- 反発を覚悟したドラレコ導入、髪型・服装の統一——派手さのない改革を、一つずつ積み重ねた
- その泥臭さの先に生まれたのは、社員が自ら友人を「採用候補」として連れてくる会社だった
「うちの社員が、友達を連れてきてくれたんですよ。採用候補者として」社長の渡辺知希さんはそう言って、少し照れくさそうに笑った。「うちの会社が嫌じゃないってことだから。それが一番嬉しいんですよ」
2024年問題を契機に、今なお深刻な人手不足に揺れる運送業界。離職者が増え、新たな人材も集まらないと嘆く経営者が多い中、茨城県石岡市の常南運送株式会社では、社員が自ら友人を紹介してくれるという現象が起きている。
なぜ、こんな会社が生まれたのか。その答えは意外にも、渡辺さんが「教えてください」と社員に言い続けた日々にある。

代表取締役 渡辺知希さん
茨城県出身。大学卒業後、医薬品卸売会社の営業職として10年間、埼玉と茨城を拠点に勤務。30代で家業に入社し、39歳で代表取締役に就任。就任から11年、会社を牽引し続けている。

常南運送株式会社
茨城県石岡市を拠点とする運送会社。渡辺さんの父親が設立した。幹線輸送を主力に、倉庫保管・出荷代行業務も手がける。働きやすい職場認証制度の2つ星の取得、健康経営優良法人の取得、ISO(品質)を取得。ドライブレコーダーの全車導入など、業界に先駆けた安全・品質管理で地域の荷主から信頼を得ている。
謙虚さの原点

渡辺さんが家業に入ったのは30代のことだ。父親が立ち上げた運送会社に、2代目として入社した。渡辺さんは運送業の素人だった。前職は医薬品卸売会社の営業職。埼玉でルートセールスをしていた。
埼玉での営業時代、渡辺さんは”売れる営業マン”だった。実績を積み、自信は大きくなっていった。いわゆる天狗になっていたのかもしれない。鳴り物入りで茨城に転属。しかし思うように売れず、顧客や会社のせいにしていた時期もあった。
転属から2年経ち、退職を決意した頃、世話になった先輩に言われた一言が刺さった。
「渡辺くんね、謙虚さっていうのは持ってた方がいいんだわ」
腹が立つようでいて、しかし深く心に刺さった。自分では気づいていなかったが、周りはずっと見ていたのだ。言い返す言葉が、出てこなかった。謙虚さを失い、天狗になって突っ走っていた営業マン時代の最後の2年間を、渡辺さんは今でもこう振り返る。
「もう本当にあの2年間というのは、今思い出しても恥ずかしくなる。当時の先輩たちに謝りたいな、っていうぐらい」だからこそ、家業に入る時、渡辺さんは決めていた。今度は違うスタンスで行くと。
「教えてください」と言い続けた

しかし現実は厳しかった。トラックの積み方も、荷物の縛り方も、ドライバーの仕事も、何一つわからない。まだ社長ではなかった、2代目として入ったばかりの渡辺さんには、従業員であるドライバーたちの視線がこう言っているように感じた。「どうせ親父に拾ってもらったんだろう」と。
それでも渡辺さんは、毎朝、積み込み現場に足を運んだ。手には缶コーヒー。ドライバー一人ひとりに声をかけた。「これはどうやるんですか」
「教えてください」
トップセールスとして高いプライドを持つ男が、今は教わる側だった。みんなシャイで、最初はなかなか話してくれなかった。それでも続けた。
事務所にみんなが揃う時間は少ない。長距離ドライバーはトラックの寝台スペースで夜を明かすことも多い。朝、そこから降りてきたドライバーに声をかける。帰庫した夜、一服している時間を見計らって話しかける。積み込みの現場で、荷物の縛り方を教えてもらう。前職なら考えられない光景だった。プライドを胸に成果で自分を証明してきた男が、「教えてください」と頭を下げる毎日になっていた。
「認められたい」という気持ちは、前職の頃と変わっていなかった。でも、その動かし方が変わっていた。自分の成果を見せつけるのではなく、相手のところへ行く。承認を求めるのではなく、承認を与えに行く。
泥臭さが会社を変えた

現場でドライバーたちとの信頼を少しずつ積み上げながら、現場を知るからこそ見えてきた会社の問題に、渡辺さんは向き合い続けた。
まず取り組んだのは、反発を覚悟の上での改革だった。事故時の安全管理と社員保護のために、業界でもまだ珍しい時代に、ドラレコの全車導入を決めた。以前、自社のドライバーに過失はほとんどないにも関わらず、証拠がないため立証できず、ドライバーを守れなかった事故が発生していた。
当時トラックにドラレコをつける会社は珍しく、ドライバーからは「車内を見られるのが嫌だ」と反発があった。それでも渡辺さんは「みんなを守るためのお守りだから」と丁寧に説明し、導入を実行した。
ドライバーの第一印象を変えることも必要だった。当時は髪型に制限は無く、髭やパーマ・茶髪は当たり前だった。異業種から来た渡辺さんは違和感を覚えた。
「ドライバーが見た目で損をしているのではないか。運送業界で当たり前でも、荷主からしたら怖く、親しみにくいと感じる。だとしたら勿体無いと思ったんです。みんな真面目で誠実に働いている。それが相手に伝わるようにしたいと思いました」
清潔感のある髪型・服装に統一し、トラックのカラーリングも変えた。ピカピカのメッキパーツ、いわゆるデコトラを廃止して、シンプルな2色デザインへ統一した。さらに、ドライバーには一人ひとり名刺を用意し、外出先で名刺交換ができるようにした。運送会社では、ドライバーが名刺を持つことは少ない。だが、顧客からしたら挨拶をしたいシーンはある。
全ては取引先・荷主からの印象を意識してのこと。一部のドライバーからは反発もあったが、ドライバー自身も荷主と円滑なコミュニケーションが取れることで、仕事が楽しくなるのではないかと信じて実行した。
もう一方で取り組んだのは、社員の声を一つひとつ拾い上げることだった。月に一度の全社ミーティングでは、渡辺さんが席を外してグループディスカッションを実施する。
「こんな会社だったらいい」「どうしたらストレスが溜まらないか」を、社員だけで話し合ってもらう。出てきた要望の中で、応えられるものは改善する。駐車場が狭いと言われれば、隣の土地を借りる交渉を始める。スポーツジムを使いたいと言われれば、地元で契約できる場所を探す。
派手さはない。だが渡辺さんは逃げずに、一つずつ改善を積み重ねていった。「社員にずっと長くいてほしいんですよ。それだけなんですよね」と渡辺さんは言う。
「だから、長期的に社員のためになると思う改革は、反対があってもやると決めてます」
社員が友達を連れてくる会社

社員が採用候補者として友達を連れてくる会社は、こうしてできた。華やかな経営改革ではない。業界を揺るがすイノベーションでもない。渡辺さんは現場で缶コーヒーを持ち、「教えてください」と言い続けるところからスタートした。その泥臭い積み重ねが、今の常南運送をつくった。
社員への不満を口にする前に、社長自らが、どれだけ泥臭く現場を知ろうと動いただろうか。取材の最後、渡辺さんは噛み締めるように、冒頭と同じ言葉を繰り返した。
「うちの社員が、友達を連れてきてくれたんですよ……嫌じゃないってことだから。それが一番嬉しい」照れくさそうに笑いながら、でもどこか安堵しているような表情だった。
社員が友達を連れてくる会社は、社長の泥臭さから生まれたのだ。
編集後記
渡辺さんと話して、誠実で実直な方だと思いました。自分の欠点を指摘された時、誰もが素直に受け入れ、改善に向けて一歩を踏み出せるでしょうか。至らなさに向き合い、今後の方針を決めて前進する。その強さを渡辺さんは持っていました。そんな実直な渡辺さんだからこそ、「社員のために」という思いが、社員の方々にちゃんと伝わっているのだと思います。その結果、社員が自分の友人を紹介したいと思える会社になった。ドラスティックな改革ではなく、一つずつ、社員のためにできることを改善していく。その意思決定の連続が、今の常南運送を作ったのです。経営者として、誠実で実直な心は、何よりも大切なのだと気づかせてくれる機会でした。(編集部・須貝)
