記事のPoint
- 売上4億円で5億円の投資——普通なら足がすくむ決断を、財務計算ではなく「独自の提供価値」の言語化だけで即断した
- 工場を壊した直後、製造部が1人を残して全員退職。それでも理念に合わない即戦力採用には手を出さなかった
- 数字は後からついてきた——10年磨いた”環境整備とマナーアップ”が、売上を10倍にし、採用難の業界で人を集める力になった
もし、あなたの会社が売上4億円のときに、5億円の設備投資を迫られたらどうするだろうか。
足がすくむ経営者は多いだろう。緻密な売上予測を立て、投資対効果(ROI)を計算し、リスクの大きさに夜も眠れなくなるかもしれない。しかし、そんな常識外れの一手を迷いなく打った経営者がいる。茨城県を拠点にグローブボックスを製造する、株式会社UNICO社長の若生哲史(わこう・てつふみ)さんだ。
若生さんが巨額の投資を決断できた理由は、財務の計算書にあったわけではない。理由は極めてシンプルだった。自社の独自性のある提供価値が何か、言語化できていたからだ。
独自性のある提供価値をより磨くため、5億円の投資に対して意思決定をし、売上を10倍にまで成長させたUNICOの軌跡から、真の自社独自の提供価値の磨き方を紐解く。

代表取締役社長 兼 CEO 若生哲史さん
父親が創業したグローブボックス(※)を作る会社に20代前半で入社。幾度もの危機を乗り越えながら会社を牽引し、売上1億円台から10億円超規模へと成長させた。 “麗極魅~おもてなし~で日本一”をスローガンに掲げ、社内に浸透させるため、様々な工夫を実行してきた。製造業における独自の企業文化を築き続けている。
※グローブボックス:外部の空気を遮断し、密閉された内部で安全に実験や作業を行うための特殊装置。ペロブスカイト太陽電池や全固体電池などのエネルギー関連、新素材などの最先端研究開発には欠かせない、研究現場の命綱とも言えるインフラ設備。

株式会社UNICO
茨城県の本社を拠点に、グローブボックスの設計・製造を手がけるメーカー。全国の国公私立大学はもちろんのこと、国立研究開発法人などの研究機関や、大手企業の研究開発部門を主要顧客に持ち、エネルギー研究・材料研究・次世代技術開発を支える研究インフラを守る存在として、業界内での地位を確立。つくばフロンティア・ラボ(茨城本社)・東京技術センター(東京都町田市)・SENDAIフロンティア(宮城県大和町)・松並倉庫(茨城県守谷)の4拠点体制。社員数約50名。
5億円の投資判断を支えた、独自性のある提供価値

父親が創業した会社に若生さんが入社した当時、売上高は1億円ほどだった。そこから父と共に這い上がり、売上高が4億円の頃、若生さんは代表者として大きな決断を下した。5億円を投じて、平屋の工場から5階建て本社工場ビル建て替えへの意思決定をしたのだ。通常であれば、ありとあらゆる数字を並べ、それでも決断できずに迷うだろう。だが、若生さんは迷わなかった。
「損得勘定だけで決めたのではありません。自分たちの『独自性のある提供価値』を考え抜いた結果、これが最善だと思ったんです」
若生さんの言う独自性のある提供価値とは、お客様に対するおもてなしである。これを“環境整備とマナーアップ”という言葉に落とし込んだ。
単なる製品のスペックではない。もちろん品質は大事だが、最先端の現場に立つ研究者が、真に安心して研究に専念できるかどうかは、製品の品質だけで決まるものではない。製品が届いた後も、不具合が起きれば即座に対応が必要だ。メーカーとしての姿勢、対応のスピード、そこで流れる空気のすべてが、顧客である研究者が、安心して研究に集中するために不可欠な要素なのだ。
「お客様や協力業者さんがいらしても挨拶をしない。掃除も出来ていない会社ってあるじゃないですか。特に製造業だとそういう会社は非常に多い。自分たちは、モノを作るだけではなく、その先の顧客満足を目指す会社でありたい。そういう意味で、製造業はサービス業だと思うんです」
徹底された掃除や心のこもった挨拶、そこから滲み出るおもてなしの企業文化は、一朝一夕には決して真似できない。それこそが、色褪せないUNICOだけの提供価値になると確信していた。
その独自性のある提供価値が言語化できているからこそ、若生さんはおもてなしを体現するための空間として、本社工場をただ製品を作る場としてでなく、想いを表現し届けれらる場所に建て替えるという、投資に迷いなく踏み切ることができたのだ。
自社独自の提供価値を磨く方法

UNICOは創業当初から、“環境整備とマナーアップ”と、独自性のある提供価値を言語化し、社内に浸透していたのか?答えはノーだ。実際、創業時は工場を持たないファブレス企業で、社員はいなかった。守谷市のもりや工業団地内に物件を購入し、本格的な組織化を進め出したのが2009年からであり、その組織化をスタートした際から大切に育て上げてきた文化なのだ。
若生さんは10年以上の時間をかけて、独自性のある提供価値を磨き込んできた。環境整備とマナーアップ。この言葉を、朝礼・会議を問わず社員に伝え続けた。
環境整備とは、つまり5Sをベースとした取り組みであり、とても平たくいえば掃除や片付けのことだ。毎朝の清掃をコア業務と位置づけただけでなく、掃除が出来る人は、より給与が上がるように評価基準も変えた。これは「UNICOはこの独自性のある提供価値を磨き込む」という、社員に対する明確なメッセージであり、仕組み化でもあった。
マナーアップとは、挨拶をはじめとする、相手へのリスペクトやおもてなしの姿勢である。来客時には、気持ちの良い挨拶で社員が出迎えてくれる。地元の洋菓子店とコラボした、季節のフィナンシェを振る舞う。美味しい紅茶と、アロマの香りがするお手拭きと共に。
「研究者の方々は皆様お忙しくされており、せっかく遠方からお越しいただいても、お打ち合わせ後すぐに次の場所に行かなければならなかったり、戻らなければならないという方が多いんです。観光する時間が無くとも、せめて少しの時間でもお寛ぎいただき、この地域のものでおもてなしが出来たらと思っています」
自社独自の提供価値を磨けば、数字は後からついてくる。そう信じて、社員が環境整備とマナーアップにコミット出来る仕組みを整え続けた。5億円の設備投資は、その独自性のある提供価値を体現するための一環だった。
ピンチの時こそ、自社独自の提供価値に忠実に

自社独自の提供価値は、会社にピンチが訪れた時もブレることはなかった。建て替えに際して本社工場を壊し、更地にしたところで、その事件は起きた。なんと、たった1人を残して、製造部の社員が全員辞めてしまったのだ。新しい設備が整っても、それを動かす人間はいない。5億円という投資へのリターンの道が途絶えた。
「正直、一瞬頭の中が真っ白になりました」
理想の環境を整えたはずの裏で突きつけられた、組織の崩壊。多くの経営者は、ここで心が折れて投資を後悔するか、数字至上主義のやり方を選び直すかもしれない。だが、若生さんは、自社独自の提供価値を磨き続けるという哲学を、地獄のような状況でも絶対にぶらさなかった 。
5億円の投資が無駄になるかもしれない恐怖。顧客への納品が間に合わずに信用を失うリスク。当然焦りはあった。しかし、目先の数字を埋めるためだけに理念の合わない人を雇えば、UNICO独自の提供価値である、環境整備とマナーアップの文化そのものも崩壊してしまう。それだけは絶対に許容できなかった。
だからこそ、スキルのある人を即戦力として採用したい気持ちをぐっとこらえて、あくまでUNICOが大切にしている価値観に共感する人のみの採用に徹した。当然、製造の人員が足りない期間は長くなる。しかしここは、残った社員が一丸となってやり切った。
「他部署にいた製造技術を持つ社員達が、俺がやりますよって、手を上げてくれたんですよね。総務部も営業部も出来る業務をそれぞれ担ってくれて。もちろん自分も最前線で製造をやりました。あの時は、本当に社員に助けられました」
このピンチを乗り越えられたのも、自社独自の提供価値が社員に浸透していたからこそだろう。社員の中に、顧客へのおもてなしをするためには、納品が遅れることはあってはならない、という責任感が芽生えていた。
結果的には、お客様からの注文を断ることなく納期遅延も出さなかった。そして、危機を乗り越えたからこそ、チームの結束はより強固なものにもなった。
数字は、後からついてきた

この壮絶な痛みを経て、信念を貫き通した投資の効果は、じわりと現れた。今では、麗極魅~おもてなし~で日本一というスローガンに昇華した、自社独自の提供価値。共感する新たな仲間たちが育ち、拠点が本格稼働し始めると、UNICOのおもてなしと細部へのこだわりは、全国の研究機関や大手クライアントを次々と魅了していった。
さらに、採用にも非常にプラスな効果があった。採用難な製造業において、UNICOの採用は上手くいっている。それもそのはずだ。社長の若生さん自身が、顧客だけでなく、従業員へのおもてなしを徹底しているのだから。
本社ビル1Fの作業場を含めて、すべての階でアロマの香りが漂う。もちろん整理整頓にこだわった環境だ。シャワー室も2部屋完備されており、作業で汚れても、綺麗な身体で車に乗り、帰ることができる。高級ホテルのような廊下を抜けると、観葉植物と色とりどりな熱帯魚の泳ぐデザイナーズ水槽が設置されたおしゃれな執務スペース。トイレには洗練されたデザインの蛇口が使用されていた。
「自分にできる限りの全てをやり切るので、大切なお客様にも、仲間である社員にも、判断してほしいなと思ってます。だからこそ、おもてなしには妥協したくないんです」こうして自社独自の提供価値は、顧客と社員の心を掴んだ。
父親から会社を引き継いだ当時の売上は、約2億円規模。そこから4億円の売上に対して5億円を投じるという命懸けの決断、そして大量離職という試練を経つつ、現在の売上は10億円を超える規模へと成長した。今や業界内で確固たる地位とブランドを確立するまでに成長し、たびたび新聞などでも取り上げられ、守谷市ハーフマラソン大会の特別協賛企業として、地域を走るフルラッピングされた常総線、“UNICOトレイン”の会社としても地域の有名優良企業となったのだ。
独自性のある提供価値を磨き込むとは、一朝一夕で成せるものではない。「これで行く」と覚悟を決め、トラブルに見舞われても、10年、20年と愚直に磨き込み、信じ抜くことそのものなのだ。これがある企業は強い。多くの企業が、意思決定の恐怖に直面して身動きが取れなくなる中、自社独自の提供価値が明確であれば、目先の数字に惑わされるリスクを払い除け、決断の恐怖を取り除くことが出来る。
あなたの会社の、独自性のある提供価値は、もう決まっているだろうか。そして、それを信じて、退路を断つ一歩を踏み出す覚悟はあるだろうか。
編集後記
取材を通じて感じたのは、若生さんがモノづくりの方らしい、細部への強いこだわりを持つ人だということです。そのこだわりをすべての判断軸に置き、一切妥協しなかった結果として、あの美しいオフィスも、フィナンシェを使ったおもてなしも生まれているのだと、話を聞くほどに腑に落ちました。経営者の価値観は、会社に如実に現れる——そのことを、改めて実感した取材でした。「それはやりすぎではないか」と多くの人が思うことでも、自分の価値基準に従って突き抜けた先には、他には無いユニークな提供価値=コアバリューが生まれます。そしてそれに惹かれたファンが、自然と集まってくる。若生さんに教えていただいたそのことが、取材を終えた今も深く心に残っています。かくいう私も、すっかり若生さんのファンになってしまいました。(編集部・須貝)
