記事のPoint
- 主体的に動いてほしい社員に、まず辞められた——面談制度もチャットツールも、それだけでは足りなかった
- 「自分は本当は何がしたいのか」——社員より先に、経営者自身が主体性と向き合って出した答え
- 「何が得意?何がやりたい?」——その一問が、伸び悩んでいた社員をIT担当として輝かせた
茨城県常陸大宮市で製材工場を営む野上製材所は、採用が難しいといわれる業種・地域でありながら、昨年度2名の新卒採用ができている。その理由はシンプルだ。社員が主体性を持って、生き生きと働いているから。それを見た若者は、この会社で働きたいと思い、入社を決めてくれる。
はじめから主体的な空気が流れていたわけではない。「どうして協力してくれないんだ」——社員に主体的に動いてほしいのに、うまくいかない。そう感じたことのある経営者は少なくないはずだ。野上さんもそのひとりだった。
野上さんがたどり着いたのは、多くの経営者が見落としがちな、あるシンプルな順番だった。社員に主体性を求める前に、まず自分がやることがある——その気づきと実践の物語から、学べることは多い。

代表取締役社長 野上通宏さん
法政大学卒業後、日本最大級の木材市場運営会社に入社。4年間の修行を経て、家業の株式会社野上製材所へ。帰還後12年で売上を大幅に伸ばし、現在は代表として18名のチームを率いている。

株式会社野上製材所
茨城県常陸大宮市に拠点を置く製材工場。原木を仕入れ、加工・出荷までを一貫して行う。林業が盛んな茨城県北エリアの中でも、組織づくりと人材育成に力を入れる会社として知られ、新卒採用が難しいといわれる業種・地域でありながら、コンスタントに新卒を採用し続けている。
自分の熱量を、一方的に押しつけていた過去

野上さんが家業に社員として入社したのは、今から12年前のことだ。大学卒業後に木材商社で4年間の修行を積んだ。前職では、お客さんが何を求めているか、どんな製材工場が信頼されるかを、身をもって学んだ。「その経験を、今度はこの工場で形にしていく」——そんな気持ちで工場に入った。
やる気は誰よりもあった。売上を上げたかった。工場をもっと良くしたかった。だから必死に働いた。ところが、同じ熱量で動いてくれない他の社員を見るうちに、焦りと苛立ちが積み重なっていった。「どうして協力してくれないんだ」——そう感じながらも、ひたすら前に進もうとした。
そんな中でも、野上さんのペースについてきてくれた社員はいた。工場の中心的な存在として働いていた彼は、シングルファザーだった。子育てをしながら、無理をして残業を重ねてくれていた。だがある日、限界が来た。工場から帰ってきた野上さんを待っていたのが、「辞めます」の一言だったのだ。
野上さんの心に、ポカンと穴が開いた。
「自分はこの人の人生を、何も見えていなかった」
悔しさと申し訳なさが、じわじわと込み上げてきた。昨日まで一緒に働いていた人が、水面下でどれだけ苦しんでいたか、気づけていなかった。
もがいた先で気づいた、自分自身のこと

この出来事をきっかけに、野上さんは「自分に何ができるか」を真剣に考えるようになった。社員がもっと働きやすくなるために何をすればいいか。半年に一度、全社員と一対一の面談を設けた。チャットツールを導入し「言った言わない」をなくした。組織を4つの部署に分け、課長を置いた。社員が主体的に働く環境を作るため、できることを一つひとつ試していった。
だが、何かが足りなかった。ある時、ふと疑問に思った。自分は、本当の意味で主体的な仕事が出来ているのか?——と。
林業のことは父の方が詳しい。経営のことも、父に聞けばだいたい答えが返ってくる。会社の重要な決断を、最後は父の判断に委ねていた。でもそれは、責任を誰かに預けているということでもあった。最終責任は自分であり、自分以外は誰も責任を取ってくれない。その覚悟が足りなかったのではないか。
どうしたら退路を断ち、主体的に仕事をする覚悟が持てるのか。その答えを出すため、初めて、この問いに向き合った。
「自分は本当は何がしたいのか」
出てきた言葉は、驚くほどシンプルなものだった。社員を幸せにしたい。この会社で働いていてよかったと思ってほしい。朝早くから真面目に働いてくれる社員に、この場所を誇りに思ってほしい——それが、野上さんのやりたいことだった。
やりたいことが言葉になった瞬間、何かが変わった。「社員にどう思われるか」よりも「社員を幸せにするために、何ができるか」が判断基準となった。それを実感したのが、毎朝の声かけだった。「社員を幸せにしたい」と決めてから、野上さんは毎朝早く出社して、社員ひとりひとりに話しかけるようにした。戸惑う社員もいたかもしれない。それでも続けた。
「自分がどう思われるかより、この人たちと距離を縮めることの方が大事だと思えた。以前の自分だったら、きっと嫌われないことを優先して、続けられなかったと思います」
やりたいことが明確になって初めて、人の目への恐れより大切なものが見えてきた。
「何が得意?何がやりたい?」

自分がやりたいことを言語化したことで、主体的に動けるようになった。だとすれば、社員も同じではないか。そう気づいた野上さんは、ある社員のことを思い浮かべた。製材の仕事で、望む成果には届いていなかった社員だ。毎日頑張るその社員の姿を、野上さんはずっと見ていた。
「この人には、もしかしたら、他にやりたいことや、得意なことがあるかもしれない」
ある日、野上さんはその社員に聞いてみた。
「何が得意?何がやりたい?」
答えは、ITだった。パソコンでアプリケーションを作ることが好きで得意だったのだ。野上さんはすぐにポジションを用意した。社内のITツール整備や棚卸しシステムの構築を、その社員に任せた。やりたいことと、任される場所が重なった瞬間だった。
変化はすぐに現れた。その社員はのびのびと力を発揮し、社内のIT環境を次々と整えていった。そして面白いことが起きた。得意な仕事で自信がついたことで、本業である製材の技術習得にも前向きになっていったのだ。以前は力を持て余していたその社員が、今では会社に欠かせない存在になっている。
「嬉しかったですね」と、野上さんは静かに言った。
社員を幸せにするために、走り続ける

知っていても、できない経営者は多い。
「社員の強みを活かせ」——そう言われても、実行できるかどうかは別の話だ。野上さんができたのは、自分自身が先にそのプロセスを歩んだからだと思う。やりたいことを言語化し、主体的に動き始め、人の目への恐れを手放した。その体験があったから、同じことを社員にしようと思えた。
そんな野上さんには、今、目指している景色がある。5年後に売上20億円を達成すること。そのために設備投資を続け、会社をもっと大きくしていくことだ。ただ、その目的は数字ではない。
「会社が大きくなれば、給与ややりがいなど、社員に還元できることが増える。今よりもっと、この場所で働いてよかったと思ってもらいたい」
もうひとつ、野上さんが大切にしている想いがある。林業の発展に貢献することだ。茨城県北エリアで先代から続いてきた林業の歴史を、次の世代につないでいきたい。働きたいと思える魅力的な会社を作ることが、この地域の林業を守ることにもつながると信じている。
社員を幸せにする。林業を守る。その二つは、野上さんの中で矛盾なくつながっている。
「自分がどう思われるかより、自分が心からやりたいと思える事のために、自分に何ができるか」——家業に戻ってから12年、もがき続けてたどり着いた答えだ。
編集後記
野上さんは、素直な方だと思いました。うまくいかないことがあれば、やり方を変える。知らないことがあれば、学びに行く。そのサイクルを、12年間ぶらさずに続けてきた方です。「もっと早く気づきたかった」とご本人は笑っていましたが、何度もがいても諦めなかったからこそ、今の境地にたどり着けたのだと思います。変化し続ける野上さんのそばで、社員たちも少しずつ変わっていく。そんな会社に、人が集まってくるのは自然なことかもしれません。変わり続ける強い野上さんを、応援せずにはいられません。(編集部・須貝)
