記事のPoint
- 理念もミッション・ビジョン・バリューも持たなかった100年企業が、100周年を機に初めて言葉にした
- できたビジョンは最初「絵に描いた餅」のままだったが、「事業」として名付け直した瞬間に具体案が次々に生まれた
- 売上30億円・50人規模まで成長した今も、金子さんが「一番の転換点」に挙げるのは劇的な事件ではなく、言葉ができたことだった
経営理念やミッション・ビジョン・バリュー(MVV)は、なぜ大切なのだろうか。額縁に入れて壁に飾るだけの、きれいな言葉遊びだと思っている人も少なくないかもしれない。
ここに、創業100年を超える建設資材卸売会社がある。茨城県水戸市の金子金物だ。四代目の金子達さんは、100周年という節目にして初めて、自社のミッション・ビジョン・バリューを言葉にした。
理念がなくても、会社は回る。100年間、金子金物はまさにそれを証明してきた会社だった。その金子金物が、なぜ今、言葉にすることにこだわったのか。そして、言葉にする前と後で、何が変わったのか。そこで起きた変化に迫る。

代表取締役 金子達さん
大学卒業後、SAP、日立コンサルという会社を経て、2011年に家業へ復帰。両親が相次いで病に倒れたことがきっかけだった。2012年に四代目として代表取締役に就任し、以来、建設資材卸売業を担う金子金物の経営にあたっている。

金子金物株式会社
1924年創業、2024年に100周年を迎えた、茨城県水戸市笠原町の建設資材卸売会社。全国に展開するホームセンターや、地場の建設会社、官公庁など、幅広い顧客に建設資材を供給している。近年は鋼材加工や新たな物流拠点の整備、DXなど、卸売業の枠を超えた事業づくりにも挑戦している。
「アホみたいな成長率」を目の当たりにして

金子金物は、茨城県水戸市笠原町で建設資材の卸売を手がける、創業100年を超える会社だ。四代目の金子達さんが継いでから、売上は13億円から30億円へ、社員は約50人にまで成長した。
だが金子さんには、ここ数年、引っかかっていたことがあった。会社の規模が50人からなかなか広がらず、「大きくすることの是非が、正直腹落ちしていなかった」というのだ。
そんな迷いを揺さぶったのが、ある経営者コミュニティとの出会いだった。そこで出会う経営者たちの成長ぶりに、金子さんは目を見張ることになる。
「周りの会社が、ものすごい勢いで成長していくんですよ。本当に、アホみたいな成長率で」
ベンチャー経営者が大半を占めるそのコミュニティには、上場企業を率いる経営者も珍しくなかった。彼らの姿を見ているうちに、金子さんの中であるイメージが像を結び始める。
「卸売業って、売上を伸ばそうと思えば、まだまだ伸ばしていける分野なんだな、と気づいたんです。そこには夢があるな、と」
地方で売上100億円を目指せる会社は業種によって限られるが、卸売業ならその夢を描ける。過去10年の平均成長率は5%ほどだったが、これを12%まで引き上げれば、10年で100億円、20年で300億円に届く計算になる。金子さんは具体的な数字を語り始めた。
そうして急成長する企業を間近で見るうちに、金子さんは以前から分かっていながら先送りしてきたことに、向き合うことになる。伸びている会社には、決まって明確な理念やミッション・ビジョン・バリューがある。金子金物にはそれがなかった。
100年間、言葉にしてこなかった理念

「うちの会社って、100年も続いている会社なのに理念がなかったんですよ、社是とか。何にも、言語化されたものがなくて」
金子さんは振り返る。転機は、会社が100周年を迎えた2024年だった。それまで何度も取り組もうとしては、その重さにひるみ、断念してきた。そんな「理念を言葉にすること」に、改めて本気で向き合うと決めた。
理念は作った後の浸透が一番難しい。そう考えた金子さんは、作る段階から社員を巻き込むことにこだわった。半年をかけて、15回ものワークショップを重ねた。「金子金物ってなんだろう」「100年のうちに変わったもの、変えなかったものはなんだろう」「お客様は、私たちから本当は何を買ってくださっているのだろう」——社員全員で、そんな問いをブレインストーミングしていった。
その過程で、金子さんを立ち止まらせる質問があった。伴走していたコンサルタントから、こう問われたのだ。
「御社が解決している社会課題はなんですか」
思い浮かばなかった。「結構苦しかった」と金子さんは言う。人口減少、地方の衰退……頭には浮かぶが、自社の事業とはどうしても結びつかない。
突破口になったのは、視点を変えることだった。地球規模の話ではなく、会社がある「笠原町」という、ごく狭い地域の課題に絞り込んでみる。そこでちゃんとやっていければ、いずれ同じ課題は日本中、もしかしたら世界中のどこかの町にもある課題になっていくはずだ。
こうして半年間の対話の末に、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)が完成した。ビジョンの名は「SMILE BASE」。「笑顔が生まれる基地になる」という意味を込めた。
会社に初めて、言葉が生まれた瞬間だった。だが、ここで終わりではなかった。
「ビジョンって、それだけでは、なんか絵に描いた餅というか……理念的なもの、概念的なものでしかない。これを本当に自分たちが実現していく、現実のものにしていくんだ。その意識の転換をどうすれば会社に生み出せるのか」
金子さんは振り返る。言葉はできた。しかし、それはまだ絵に描いた餅のままだった。
「SMILE BASE事業」と名付けた日

このビジョンをどう現実にするのか。金子さんが出した答えは、もう一段階、言葉を変えることだった。
「『SMILE BASE事業』みたいなことを言い出すと、結構なんでもできるな、と思って」
「建設資材の卸売業」という、これまで自分たちを縛っていた枠が、名付け直した瞬間に外れた。金子さんの中で、一気に視界が開けた。
名前ができた途端、アイデアは次々にあふれ出した。地域の農家から規格外野菜を買い取り、地域にも開かれた社員食堂。営業時間を延ばせばカフェにもなる。笠原小・中学校の中間にある立地を活かし、なくなってしまった駄菓子屋のような子供の居場所も作れないか。停電時にスマホを充電でき、断水時には水を提供できる防災拠点。取引先の工務店とつなぐ住まいの相談窓口——。
ついに、全体会議で「新規事業を2つやるぞ」と発表した。収益成長を担う鋼材加工事業と、短期的な利益だけを目的とせず、地域とのつながりやビジョンの体現を目指すSMILE BASE事業。この2本柱を掲げた。
鋼材加工事業では、補助金の活用も視野に入れ、地域金融機関の支援も受けながら、会社として過去最大規模の投資計画を進めている。初めて水戸を離れ、栃木県足利市に新たな物流・鋼材加工拠点を整備する計画だ。
「不安とか恐怖はあります。でも、ビジョン実現のためには売り上げも必要。そのためには新規事業にチャレンジすることが必要ですから」
と金子さんは正直に語る。夜中に金利のことが気になって目が覚めることもあるが、その不安を、挑戦しているからこそ抱くものだと捉え直している。
「言語化していったのがやっぱり大きかった」

インタビューの終盤、ここまでの挑戦を支えてきた一押しは何だったのか、と尋ねた。
金子さんは少し考えて、こう答えた。
「言語化していったのがやっぱり大きかった。『SMILE BASE』っていう言葉ができたのはめちゃくちゃデカい」
「会社を良くしたい」と思わない経営者はいない。だが”良い”が具体的にどんな状態を指すのかは、経営者本人の中でも揺れる。まして社員の数だけ、その解釈が違っていることもあるだろう。
SMILE BASEという言葉は、それぞれが抱いていた「会社を良くしたい」という思いを、同じ方向に重ねていくための共通言語になった。「笑顔が生まれる基地になる」という一文があることで、経営者と社員が同じ“良い”を指さしていくための、よりどころができたのだ。金子さんが真っ先に「言語化」を振り返ったのは、この共通認識のことだったのかもしれない。
だからこそ、描いたビジョンを実現するための行動をしたいと思うようになった。
「描いたビジョンを、ホントに実現する」
意思決定の軸にしているのは、「理想の自分」から選ぶという考え方だ。恐れや不安を抱えた今の自分ではなく、理想の自分を主語にして選択する。そうすれば、本当にやりたいことを恐れずに決められる。
取材の最後、金子さんは笑ってこう言った。
「やりたくてしょうがないですね」
漠然とした「もっと良くしたい」という思いを抱えながら、それをどう言葉にすればいいか分からず足踏みしている経営者は少なくないだろう。金子さんの歩みが教えてくれるのは、その思いに一度名前をつけてみることの価値だ。
編集後記
金子さんは、社員をとても大切にされている方でした。ご両親のご病気をきっかけに金子金物を継ぐ決断をした金子さん。入社当初、経営経験もなく右も左もわからない中で、番頭さんの社員の方に頭を下げ、助けてもらった経験があるそうです。涙を浮かべながら、「本当に感謝している」と語られていました。そんな人達を幸せにしたい。これが金子さんの原点です。だからこそ、会社を大きくすること、ビジョンを実現させることに向き合い、経営をされています。そんなスタンスの金子さんを、応援せずにはいられません。(編集部・須貝)
