記事のPoint
- 補助金が半分に減っても、7億円の投資は止まらなかった
- 売上16億円の会社が、なぜ7億円を本社建て替えに賭けたのか
- 社是は標語じゃない。投資に変わった時、会社は変わった
多くの会社がビジョンや社是を掲げる。しかし額縁の中で眠ったままの社是も多い。投資の意思決定や権限移譲など、リスクを取る場面になると、途端に「標語」に戻ってしまうのだ。
茨城県ひたちなか市に拠点を置くコロナ電気株式会社には、違う空気が流れている。3代目社長・柳生昌克さんは、社是実現のために、本社屋建て替えに7億円を投資した。しかも、売上16億円の時にである。
リスクを負っても投資への意思決定ができる人と、そうでない人の差があるとしたら何なのか。柳生さんの生き方から、その問いを深掘りしたい。

柳生昌克さん / コロナ電気株式会社 代表取締役
コロナ電気株式会社3代目社長。新卒で入社後は製造・設計・営業と様々な部署を横断して経験する。特に営業では、全国の大学・研究機関を飛び回る4年半を過ごした。その後管理部門に移り、生産管理システムの大規模な入れ替え業務・震災後の本社建て替え業務に従事。社是に沿って会社の根幹部分の変革を実行してきた。社長に就任。

コロナ電気株式会社
茨城県ひたちなか市に拠点を置く電子・電気機器メーカー。生体試料の成分を光で読み取る装置である、マイクロプレートリーダーをはじめ、電子顕微鏡用の制御装置や医療・バイオ系の測定装置を主力に、70〜80社の協力会社とともに製造する。創業74年、社員数約100名。半導体検査装置大手・日立ハイテックの製造パートナーとしても知られる。
社是を「生きる」人と「掲げる」人

祖父が創業し、父が継いだコロナ電気に新卒で入社した柳生さんは、仕事に邁進する毎日を送っていた。営業として全国の大学・研究機関を飛び回り、製造・設計・管理と社内を横断しながらキャリアを積んでいった。
そんなある日、あの東日本大震災が起きた。
昭和30年代に建てられた本社屋は被災。ひびが入り、建て替えを余儀なくされた。本社建て替えプロジェクトの責任者を任された柳生さんが最初に向き合ったのは「何のために建て替えるか」だった。
コロナ電気には、先代から受け継いだ社是があった。「学ぶ・楽しむ・育む」というものだ。何かにのめり込んで楽しむことこそが最大の学びであり、その瞬間に、人はぐんと育つ——そういう意味だ。
この社是は、コロナ電気という会社の歴史そのものでもある。昭和32年生まれの祖父は、電子電気機器がまだ珍しい時代に創業した。電気を使って商品を作るという気概で、商品開発にのめり込んだ。その結果、マイクロプレートリーダーの国内シェアを伸ばしてきた実績がある。
「この会社の強みは、お客さんのニーズの上流に入り込んで、難しい課題を、開発という力で解決することだと思っています」
柳生さんは言う。つまり、楽しくのめり込んで学ぶ姿勢こそが、会社の最大の強みである、“開発力”の根幹なのだ。
だから、社員が楽しく仕事をし、もっと学びたいと思える環境づくりこそが大事だった。本社屋を建て替える時には、その社是を最大限にサポートする環境を整えたかったのだ。本社建て替えプロジェクトは、コロナ電気の社是の体現そのものだった。
合計7億円、補助金が消えても止まらなかった

社是を表現する本社屋にするため、柳生さんの挑戦が始まった。
まず向き合ったのは、どんな建物が社是を体現できるのか、という問いだった。行政の紹介を経て出会った建築家・井坂さんと一緒に、ゼロからデザインを練り上げていった。井坂さんは被災した旧社屋を自ら診断し、現場で働く社員への丁寧なヒアリングを重ねた。
社員が落ち着いて働ける環境、部署をまたいでコミュニケーションが生まれるオープンな空間、製品が見えながら設計・製造・営業が一体で動ける平屋のレイアウト——ヒアリングを通じて、社是である「学ぶ・楽しむ・育む」を支える空間の輪郭が見えてきた。
工事は本社を半分ずつ取り壊し、前期・後期の2回に分けて建て替える、という方針になった。
やがて、3億円という前期の工事費が出た。後期の工事費は概算で4億円。合計7億円だ。売上16〜17億円の会社にとって、軽い決断ではない。リーマンショックの余波もまだ残っている。
さらに追い打ちをかけたのが、震災復興の補助金が、年度をまたいだことで予定より大幅に削られたことだ。本来2.5億円ほど出るはずだった補助金は、半分の1.25億円に減額となった。
「どうしようかと思いました」
柳生さんは、当時を思い出すようにポツリと言う。
「ショックでしたが、必要なことなので、工事をストップする気はありませんでした。銀行は融資すると言ってくださいましたし、補助金をもらえるだけ良いと気持ちを切り替え、投資に踏み切ることを決意しました。」
社是の体現のためには、ここで決断する——そう腹を括った。
正直なところ、プレハブでも製造はできる。安い選択肢もあった。それでも柳生さんは立ち止まらなかった。社是を実現することこそがこの会社の強みであり、価値の根幹だという確信にあったからだ。柳生さんの信念が、自分の背中を押した。
社屋が体現したもの、そして次の宣言

2013年から2018年にかけて、段階的に完成した社屋は、見事にグッドデザイン賞を受賞した。
「完成した時は嬉しかったですし、長かったなという気持ちでした」
柳生さんは振り返る。
社員からは「明るくなって良かった」「広くてレイアウト変更しやすくなった」という声が届いた。
「コミュニケーションが取りやすくなったのも間違いなくて。製造過程が見えながら打ち合わせができたり、2階への上り下がりがなくなったりして、業務的にもやりやすくなったという声が届いた時は、やってよかったなと思いました」
社是が、建物になった瞬間だった。
採用にも変化が現れた。学校説明会では学生が興味を持ってくれることが増えた。転職率も低い水準を保っている。入社した方がコミュニケーションの取りやすい環境で早く馴染めるようになったことも、影響しているかもしれない。
あの時、リスクを背負ってでも「学ぶ・楽しむ・育む」の環境へ投資したからこそ、社内には強固な軸が生まれた。そして今、その軸があるからこそ、次なる大きな挑戦へと迷わず舵を切っている。
時を経た今、まさに新工場建設プロジェクトが動き出している。半導体市場の拡大に応えるためだ。
「お客さんの『めんどくさい』を引き受けて、工夫と発明と新しいアイディアで解決し続けることが、うちの力の見せ所だと思っています」
更なる投資は、社是を体現するための、次の宣言だった。
あなたの社是は、投資に変わっていますか

社是を掲げている経営者に問いたい。その社是、投資に変わっていますか。変わっていないなら、それはまだ“標語”かもしれない。
「長期的に考えると、自分が何をしようとしているのかがわからなくなってしまうのが、一番不幸だと思います。存在意義を発揮し続けるためには必要な選択だと思っています」
柳生さんのこの言葉が、すべてを語っている。
自分が本当にやりたいことへの解像度が上がった時、人は迷わず投資できる。柳生さんが投資に躊躇しなかったのも、次の工場建設への投資に踏み出せるのも、理由はシンプルだ。自分の好きなこと、やりたいことを、ずっとやり続けているから。
編集後記
柳生さんは「自分であること」を何より大切にし、会社の社是「学ぶ・楽しむ・育む」を誰よりも体現されている方でした。その姿勢は7億円の投資だけでなく、マネジメントにも現れています。ある分野では「社員の方が詳しいから」と権限をすべて委任。「社員の没頭を奪わない」ための配慮であり、社是を体現するための決断です。すべてをコントロールせず、自分の限界を認めて信頼して手放す。それもまた、血の滲むような一つの「投資」なのだと取材を通じて気づかされました。柳生さんが自らの弱さも丸ごと抱え、社是を生きようともがいているからこそ、あの美しい社屋には今日も温かい血が通っているのだと思います。(編集部・須貝)
