前編で書いたのは、茨城乳配が掲げる“性格の良い会社”という企業理念だった。これは単なるやさしさではなく、より性格の良いのはどちらか?を基準にした判断を積み重ねた結果として、現場の配達員が顧客から信頼が得られる状態を指す。
この企業理念の背景には、人材輩出企業を目指すという吉川さんの経営方針がある。吉川さんは、自社を人間が成長するための箱として定義した。その哲学が、日々の企業活動に通底している。
後編では、その哲学がどのようにマネジメントへ落ち、現場でどんな風景を生んでいるのかを具体的なシーンで確かめる。吉川さんのマネジメントの仕方から学べることは多いはずだ。

代表取締役社長 吉川国之 さん
保険会社で法人営業を経験後、1997年に家業へ転じ、顧客基盤の多角化を推進。2018年社長就任。冷凍・冷蔵輸配送と保管の専門性に磨きをかける。性格の良い会社という企業理念を掲げ、採用・教育・評価の軸を人間性に置く。地域と業界の信頼を、人の成長で積み上げる経営者。

茨城乳配株式会社
1965年設立。茨城県水戸市本社の食品物流会社。冷凍・冷蔵の輸配送と保管を主力に、北関東〜首都圏を5拠点(水戸/常総/千葉/宇都宮/湘南)でカバー。温度管理と誠実な応対を武器に、メーカー・卸・小売の食の足腰を担う。乳業依存からの脱却で顧客は多様化。現在は従業員318名、グループ合計売上49億円の会社である。人づくりを通じて安全・品質・顧客満足を高め、地域の食卓を支える。
経営者だからこそ、弱みを見せる
吉川さんは、上手に人の力を借りることができる経営者だ。自分でやった方が早いから、人に任せない人も多いだろう。しかし、1人でやれば早く行けるが、皆でやれば遠くに行ける。まさにこの言葉の体現者が吉川さんだ。では、人の力を借りるために、何をしているのか?
まず、社員に弱みを見せている。自らの功績よりも、失敗談を積極的に話している。「あの時判断を間違えて、お客様に怒られたんだよね」という具合に。
昔からこの考え方が出来た訳ではない。むしろ、負けず嫌いも相まって、失敗を認めることが得意ではなかった。それに当時、社長の息子で取締役副社長の自分が、意思決定を間違えたとは絶対言えないと思っていた。
しかし、ある時気づいた。経営者とは、答えがないものに答えを出さなければいけない生き物。リスクが大きくとも、失敗を恐れていたら先に進めない。たとえチャレンジの結果失敗しても、成長が得られるはずだ。失敗は悪ではなく、チャレンジの結果と捉え直した。それから、吉川さんは以前より失敗を恐れなくなったし、失敗を語ることを恥だと思わなくなった。
失敗談を話す度に、不思議と社員との距離が縮まった。「昔こんな失敗しちゃったんだよね」と弱みを見せると、社員は言いにくいことも話してくれるようになった。社長と社員というより、人としての信頼関係が育まれていくのを感じた。
自分が出来ないことを、いかに人に協力してもらえるか

自分が出来ないことを否定せず、できることで貢献するスタンスもまた重要だ。
良くあるのは、トップが主力業務のスキルが一番高く、部下を自分のレベルまで引き上げようと躍起になってしまうスタイルだ。
「自分を目指せというスタイルで経営する人を沢山見てきたけど、それが成功につながるとは思えなかった。それより、自分には無い能力を持っている人に、いかに協力してもらえるかの方が大事だと思った」
吉川さんはそう語る。そのために、自分の出来ないことを否定しない方が良い。隠したり、強がる代わりに、出来ないことは堂々と周りに任せて、自分はみんなには出来ないことをやった方が良い。この考え方から、運転が得意とは言えない吉川さんは、トラック運送会社の社長でありながら、トラックの運転免許を取得していない。
社員に頼むときも、普通なら弱点に見える事実を、隠さず前に出す。「これできない?」と聞く吉川さんに対して、「社長は現場を知らないから、そんなこと言えるんですよ」と社員が返す。
「そうなんだよ。俺、現場を知らないんだよ。でも出来そうな気がする。何とかならない?」と吉川さん。すると頼られた社員はまんざらでもない。「しょうがない、社長がそこまで言うなら、やってみますか」と、出来る方法を考え出す。
弱さを開示することで信頼の扉が開くと、現場の体験が語る。社長に出来ないことが沢山あると社員が思った方が、現場はうまく回る。
そしてその裏には、自分が出来ない事をしてくれる社員に対してのリスペクトがある。だから頼み方が真っ直ぐになる。社員はそれを感じ取っている。
社員を“モノ化”しない

リスペクトの反対語は何か。指示に従う部品として人を扱うことだ。社員をリスペクトする大事さを知る吉川さんは、ひとつの誓いを立てた。社員をモノ化しないと。
気づきのきっかけは子育てだった。最近自分の子どもと接する中で、無意識にこう言っていた。「もっと勉強した方がいい」「こっちの進路の方が良いのではないか?」——善意の口出しは、いつの間にかこちら都合の誘導になる。
ハッとした。自分は社員にも同じことをしていないか。良かれと思ってのアドバイスが、自分の正解に導いていく行為になっていないか。ならば外すのは自分のエゴだ。
「この人にとって一番良いことは何か?を最優先に考えることを意識してます」
自分は立場が上。だからこそ、無意識の誘導が起きる。それに毎回ブレーキを踏む。成長の主語は会社ではなく、その人自身だ。だからこそまず問う。相手がどうしたいのか。
この気持ちを忘れないためにも、吉川さんは、会社に帰ってきたトラックに会うと、必ず手を止めて一礼する。運送業は遅れないのが当たり前。出来ても褒められない。寒さも渋滞も、文句を言わず呑み込んで、今日も荷を運んでくれる人たち。吉川さんはトラックの運転ができない。だからこそ、いっそう深く頭が下がる。
運送業界の景色を変えるために
自社を人材輩出企業と定義し、人材の育成に力を注いできた吉川さん。その視界は、業界全体へとひらく。
物流は、社会に無くてはならない機能だ。だがその背景には、長い拘束時間、低い賃金、家族や趣味を削る暮らしという側面もあった。市場原理の中で一社にできることは限られるが、それでも現状を変えたい。
「運ぶ人が幸せでなければ、運ばれるものは幸せになれない。働く人が、この業界でよかったと言える環境をつくりたい」
具体は地に足がついている。配車の設計を見直し、拘束の偏りを減らす。拠点間のリードタイムを短縮し、ムダな待機を刈り取る。値決めのルールを明文化し、交渉の理不尽を減らす。点の取り組みを線に、線を面に変えることで、週末や家族との夕飯を守る——そんな物流を、標準にしたい。
だからこそ、自社の業界内での影響力を高めるために、100億円を目指すという旗を立てた。これからの快進撃が楽しみだ。
編集後記
吉川さんの学びの姿勢は、本当に尊敬しました。内省し、何かを学び取ろうというスタンスが随所に感じられました。年齢とともに固まりがちな“当たり前”を疑い、そっと外す。社員をモノ化しないと決め、帰ってきたトラックに一礼してエゴを置いていく——あの所作に、考えの中身が宿っていると感じました。弱さは組織の穴ではなく、信頼の入口なのだと強く感じました。失敗を隠さず、出す勇気、できない自分を認めてお願いできる率直さ。その柔らかさがあるからこそ、吉川さんは強いのだなと思いました。だからこそ現場は変わり、やがて業界の空気も変わっていくはずです。静かに、しかし確実に。吉川さんなら、物流をもっと誇れる仕事にしていけると信じています。
