茨城県水戸市に、県内随一の規模を誇る食品物流会社がある。茨城乳配だ。会社の舵を握るのは、2018年に社長に就任した吉川国之さん。
かつて同社の仕事の9割以上は乳業メーカー関連だった。吉川さんは、一業界依存はリスクと考え、多様な取引先を切り開いた。今ではグループ合計売上49億円まで成長している。それを実現させたのが、性格の良い会社という企業理念。他社との違いを強みにする経営戦略に迫る。

代表取締役社長 吉川国之 さん
保険会社で法人営業を経験後、1997年に家業へ転じ、顧客基盤の多角化を推進。2018年社長就任。冷凍・冷蔵輸配送と保管の専門性に磨きをかける。性格の良い会社という企業理念を掲げ、採用・教育・評価の軸を人間性に置く。地域と業界の信頼を、人の成長で積み上げる経営者。

茨城乳配株式会社
1965年設立。茨城県水戸市本社の食品物流会社。冷凍・冷蔵の輸配送と保管を主力に、北関東〜首都圏を5拠点(水戸/常総/千葉/宇都宮/湘南)でカバー。温度管理と誠実な応対を武器に、メーカー・卸・小売の食の足腰を担う。乳業依存からの脱却で顧客は多様化。現在は従業員318名、グループ合計売上49億円の会社である。人づくりを通じて安全・品質・顧客満足を高め、地域の食卓を支える。
ユニークなコンセプトを掲げる

運送会社と聞いて、日に焼けた肌、筋骨隆々とした男性を想像した人もいるだろう。1975年に公開された映画、トラック野郎の主役、菅原文太さん。男気溢れる一方で、怖くて少し近寄りがたい。そのようなイメージだろうか。
吉川さんは、荒っぽいイメージが根強い運送業界の中で、真逆のコンセプトを立てた。それが“性格の良い会社”である。近寄りやすい人の集まりであることを、会社の顔にしてしまった。
実際、取材時に受付で困っていると、通りがかったドライバーが「どうしました?」と声をかけてくれた。最後は帽子を取って美しい角度で一礼して去っていった。真心を持った親切で丁寧な対応。トラック運転手像が更新された印象を受ける人も多いのではないか。社長がこんなことを言っていたのにも合点がいく。
「他社と同じやり方をしたら埋もれてしまう。砂浜に転がる小石みたいにね。見つけてもらいたいなら、砂っぽくない形とか、もっと異物感がないとダメだと思うんだよ」
吉川さんの言葉は率直だ。周囲から「なんだそれ?」「上手くいかない」と言われるくらい違和感のあるコンセプトがちょうど良い。実際、“性格の良い会社を創る”を企業理念として定めた途端、社内の空気が変わり、売上がぐっと伸び始めた。
性格の良い会社を創る人材育成
性格の良い人だけを採れば解決——現実はそんなに甘くない。だから、性格そのものを育てる仕組みにした。基準は、小学校で教わる当たり前のこと。
〈10か条〉笑顔/嘘をつかない/ルールを破らない/他責にしない/悪口を言わない/ポジティブ/されて嫌なことはしない/気配り・目配り…(ほか数項目)。
これを物差しに年2回の評価面談を実施。「今期は笑顔を磨こう」のように一人ひとり1テーマへ落とし込む。上司と本人の双方が「できた」と判断したら二重丸。10項目すべて満点を狙うのではなく、得意を伸ばす設計だ。配送スキルや実績に加え、性格の良さは評価の30%を占める。
月に一度の幹部会では、「なぜ人は嘘をついてはいけないのか」など、10か条をテーマに持ち回りで発表する。各営業所で部下と議論し、プレゼンをまとめて臨む。狙いはただ一つ、刷り込み。よい行動が無意識で出るまで、繰り返す。日常の会話でも「それより、こっちのほうが性格の良いやり方だよね」と微修正をかけ続ける。
積み重ねは、ある日ふっと姿を見せる。目の前で事故が起きれば、誰に言われなくても交通整理に走る。後からドラレコ映像や警察の感謝状で社内が知る。本人たちには、いいことをした自覚すら薄い。それが当たり前になったからだ。
こうして、所作が文化になり、文化が会社の強さに変わっていく。
人材輩出企業を目指して

性格の良い会社を掲げたのは、根っこに吉川さんの想いがある。
「企業は公器。地方に役立つのはもちろん、その先で国にも役立ちたい。日本人が多くの国へビザなしで行けるのは、人間力と信用力の賜物。ならば、その人間力を企業という器で磨けば、国の力になる」
吉川さんの視線は、現場から社会まで伸びている。茨城乳配を人が成長するための器と定義したのは、そのためだ。ここで育った人が、別の現場でも「感じの良さ」を携えて働く——その循環が家族を、地域を、そして物流業界の空気を変える。
「人間として成長すれば、本人もうれしいし、家族もうれしい。業界のイメージも変えられる。だから挑戦したい。影響力を持つには、会社をもっと大きくする必要がある」
規模は見栄ではない。良い影響を届かせる範囲を広げる手段だ。だからこそ、採用・教育・評価の軸を人間性にそろえる。嘘をつかない、他責にしない、約束を守る——小学生でもわかる基準を仕組みに落とし、日々のふるまいにまで浸透させる。結果、現場の一挙手一投足がブランドになり、外から見える会社の信用に変わっていく。
性格の良い会社は、人を育て、社会へ返すための設計図そのものだ。そういった意味で、人材輩出企業を目指している。
試された2024年問題での賃上げ
茨城乳配が掲げてきた性格の良い会社という企業理念。その方向性に確信を持つ出来事があった。運送業界の2024年問題だ。トラック運転手の労働環境に対して、国が規制をかける。労働環境の改善につながるこの規制も、事業者にとっては、今までのやり方を変える必要に迫られる転機だった。茨城乳配も、運賃を上げざるを得なかった。
取引先に値上げの連絡をする。仕事が無くなるかもしれない。実際、安い運賃の他社はいた。しかし結果は、8割もの取引先が値上げに応じてくれた。
「2024年の収穫は、賃上げによる収益よりも、従業員が今後も付き合いたい人だと、お客様から見えていると分かったこと」
取引先とのコミュニケーションで、フロントに立つのは現場のトラック運転手だ。そのやり取り一つで、今後も一緒に仕事をしたいか見極められている。取り組みが実を結んだ瞬間だった。
次回予告
性格の良い会社というコンセプトを立てて、競合と差別化してきた吉川さん。後編では、その旗がどのようにマネジメントへ落ち、現場でどんな風景を生んでいるのかを具体的なシーンで確かめる。吉川さんのマネジメントの仕方から学べることは多いはずだ。
