「なぜお前の酒を買わなきゃいけないの?」──答えのない5年を越え、水戸の老舗酒蔵がドジャースタジアムに辿り着くまで|吉久保酒造 吉久保博之

DOITER

代表取締役社長 吉久保博之さん


吉久保酒造株式会社

「同じ売り文句」では、誰も振り向いてくれなかった

海外で成功したい。そう思い立ったのは20歳の頃だった。

「日本のマーケットは狭すぎる」。

そう感じた吉久保さんは、修業を終えて実家に戻ると同時に、タイへの輸出からスタートした。高温多湿の国では常温輸送で日本酒が劣化することに気づき、航空便での温度管理輸送を実現。現地の飲食店経営者とのつながりから販路を広げ、次いで韓国、そしてアメリカへと挑戦の場を広げていった。

しかし、アメリカでは現地の酒屋に門前払いされる。自力で開拓した先でも、突きつけられたのは同じ問いだった。

「なんでお前の酒を買わなきゃいけないの?」

精米歩合、杜氏のこだわり、江戸時代からの製法――。日本酒業界が誇りとしてきた売り文句は、海外ではどれも「他の蔵と同じ」に見えてしまう。明確な答えを出せなければ、営業に行く意味すらない。

売り上げの規模は伸びず、限られた予算の中で結果を出さなければならないというプレッシャーだけが積み重なっていった。答えの出ない状態は、実に5年近く続いたという。

サバ缶のニュースから生まれた発想の転換

突破口は、思いがけない場所からやってきた。「サバ缶がツナ缶の売り上げを抜いた」というニュースを耳にしたとき、市場で仲良くしていた仲卸の仲間から「茨城のサバの水揚げが日本一」という話を聞き、酒とサバを組み合わせるアイデアが生まれた。

精米歩合や杜氏の物語を語るのではなく、「サバに合う酒です」と一言で伝える。それだけで、若い世代にも刺さる商品になるのではないか。こうして生まれたのが、サバ専用の日本酒「SABA de SHU」だ。

地元のイベントで振る舞うと、それまで水戸の地酒と言っても手に取らなかった客が、一斉に飲み始めた。SNSでは3万件を超えるリツイートが起こり、通販サイトのランキングでも上位を獲得。この成功体験から、サーモン専用、ラーメン専用と商品を広げていった。

裏側にあったのは、現地に飛び込み続ける泥臭い行動だった。友人のシェフを頼ってサンフランシスコに3週間住み込み、現地の外国人たちとラベルデザインを一緒に考え、覚えやすさと発音しやすさを徹底的に磨き上げた。

「英語は道具。できないからしゃべらない、では前に進まない」。そう語る姿勢のまま、常連客だったソムリエに勧められてワインコンテストに何度も挑戦し、ついにダブルゴールドという実績を手にした。

16カ国へ、そしてドジャースタジアムへ

地道な積み重ねは、大きな結果を連れてきた。2024年、大谷翔平選手のドジャース移籍というタイミングで、現地の代理店がスタジアムのソムリエにプレゼンを実施。国際コンテストでの受賞歴と、覚えやすいブランド名、そして味そのものの評価が重なり、「一品」はドジャースタジアムのVIPルームで提供される日本酒として選ばれた。

いまでは16カ国に商品が流通し、サーモン専用酒やラーメン専用酒も含めて、世界各地の飲食店で「一品」が飲まれている。行き先は「12時間圏内」の国を軸に、自らも現地に足を運び続けている。

世界のサーモンとラーメンの10%を獲りに行く

目下の目標は、世界中でサーモンやラーメンを提供する店の1割に、この酒を置いてもらうこと。「控えめに言って10%」と笑うが、その先を見据えて、日本国内はもちろん海外の酒蔵の買収も視野に入れている。後継者不足に悩む蔵の技術と設備を生かし、その土地ならではの地酒を守りながら、供給力を拡大していく構想だ。

「人は生まれた時に乾杯し、人生の節目にも酒を酌み交わす。だからこそ、まずい酒であってはいけない」

楽しい酒であること、そして誰かの人生の瞬間に寄り添える酒であること。その責任感を胸に、吉久保さんは今日も次の一手を考え続けている。

関連記事