「太郎、行ってこい」の一言でコロンビアへ。しがらみを嫌う2代目が切り拓いた、駅ナカコーヒーの世界|サザコーヒー 鈴木太郎

その2代目である鈴木太郎さんは、家業を継ぐつもりのなかった青年時代から、コロンビアでの想像を超える苦労を経て、独自の経営スタイルを築いてきた。

DOITER

代表取締役社長 鈴木太郎さん


株式会社サザコーヒー

継ぐ気のなかった家業、突然のコロンビア行き

もともと植物や農業が好きで、家業のコーヒー事業を継ぐつもりはなかったという鈴木さん。転機は、父親がある日突然「コロンビアにコーヒー農園を買ったから、太郎、行ってこい」と告げたことだった。

右も左もわからないまま現地に渡ると、待っていたのは農園の管理人による使い込みや、ゲリラによる豆の盗難といった想像もしていなかったトラブルの数々だった。

国内では、地元・水戸駅への出店を持ちかけても相手にされず、断られ続けた時期があった。

現地に飛び込み、しがらみを飛び越える

それでも鈴木さんは、現地に飛び込み続けることをやめなかった。コーヒー生産者連合会の品質管理部門でインターンをしながら、午前中は焙煎、午後は200杯ものカッピング(品質評価)を繰り返す日々を送り、豆の良し悪しを見極める目を養っていった。

コーヒーの国際品評会では、審査員に空きが出ると知るやいなや現地に押しかけて「混ぜてください」と交渉し、審査員としての経験を積んでいった。招待メールへの返信を待たず、直接現地に足を運んで信頼を得ることも一度や二度ではなかったという。

帰国後には、徳川慶喜の子孫・徳川慶朝氏(徳川宗家別家)と出会い、大政奉還前に徳川家が飲んだとされるコーヒーを再現した「将軍珈琲」を開発。日本橋三越本店でのプロモーションをきっかけに、サザコーヒーは東京進出の足がかりをつかんだ。

その後もJR品川駅、新橋駅、大宮駅など、駅ナカという厳しい商業環境への出店に挑み続けた。うまくいかず撤退や仕切り直しを迫られたこともあったが、諦めずに機会をうかがい続けた。

コロンビアの農園から、全国15店舗へ

地道な挑戦は、着実に形になっていった。コロンビアの自社農園は現在25ヘクタール、8万本のコーヒーの木を持つまでに拡大し、高級品種「ゲイシャ」の栽培では国内の品評会で優勝も果たした。

将軍珈琲をきっかけにした東京進出は、駅ナカ店舗の拡大へとつながり、現在は品川・新橋・大宮・東京駅前(KITTE丸の内)など首都圏を含む15店舗を展開するまでに成長した。

自身が育てたバリスタが世界大会で結果を残したり、共同研究を行う筑波大学の中に専用店舗を構えたりと、コーヒー1杯から広がった挑戦は、教育や研究の分野にまで裾野を広げている。

自分がいなくても続く、幸せな文化をつくりたい

鈴木さんが今も大切にしているのは、「しがらみをつくらない」という姿勢だ。従業員がやりたいと言ったことは基本的に止めず、失敗しても再挑戦を後押しする。優れた人材が育てば、自分が表に出る必要はないと考えており、実際に自分よりも若いスタッフたちが買い付けや審査の現場を担うようになってきている。

今後目指すのは、「誰が作った豆か、誰が育てた米かがわかる」ような、ストーリーのある美味しいものを、長く出し続けられる体制をつくることだという。自分がいなくても回り続ける会社、そして関わる人みんなが幸せに長く続けられる文化をつくること。それが、しがらみを嫌い、行動し続けてきた鈴木さんが見据える次のゴールだ。

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