25億から50億を遂げた後継者の最初の仕事は、退職者と飲みに行くことだった|株式会社ユードム 森淳一さん

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代表取締役社長 森淳一さん


株式会社ユードム

帰ってきた日、森さんが見たもの

外資系IT企業の日本オラクルでフィールドセールスとして腕を磨き、当時若手では異例の地方営業所の立ち上げも経験した。37歳で家業の門を叩いたのは、父からの「帰ってきてくれないか」という、言葉だった。

しかし戻った職場は、前職の日本オラクルとはまるで異なる空気に包まれていた。上司にものが言えない雰囲気だったのだ。意見を出し合い、ぶつかり合うことが当たり前だった前職とは、空気がまるで違った。上司の指示に従うことが良しとされ、「反論や意見を言ったら損をする」という空気が、社内に漂っていた。

人材の流出も続いていた。人がいれば仕事が生まれる事業モデルにおいて、これは経営に直結する深刻な問題だった。そんな中、ある発見が森さんの背中を押した。社内の資料を掘り起こすと、創業5年目に父が作ったという経営理念が出てきた。

「絶えざる技術革新と創造で、お客様および社会に貢献し、社員すべてが豊かで生きがいを持って働ける企業として発展する」いい言葉だと思った。しかしこの理念は、当時の役員にも、前社長にも、すでに誰の口にも上らなくなっていた。どの壁にも飾られていない。どの会議でも語られることもない。会社が本来掲げるべき存在意義と、目の前の現実の間に、大きな距離があった。

退職者との重い夜——そして、プロジェクトWへ

人が辞めていく。その現実を前に、森さんが最初に動いたのは、意外なほどシンプルな行動だった。退職を告げた社員に声をかけ、飲みに行ったのだ。

最初の夜は、なかなか話が弾まなかった。「お疲れ様でした」「次はどこに行くの?」——当たり障りのない言葉のやり取りが続いた。森さんはグラスを傾けながら、ただ待った。しばらくして、相手の口が少しずつ開き始めた。

「自分はただ上司や会社の駒として使われているのではないか」
「上司に聞いても、自分で考えろ、としか言われなくて」
「この先、この会社がどうなっていくのか、正直不安でした」

森さんはその後も、退職者が出るたびに飲みに行った。一人、また一人と話を聴き続けた。するとどこへ行っても、同じような言葉が出てきた。飾らない、取り繕わない本音だった。

「数ある会社の中からここを選んで入ってきてくれた人が、こんな思いで辞めていく。それって会社として不誠実じゃないですか」この確信が、森さんを次の行動へと駆り立てた。

単発の飲み会ではなく、組織を変えるための本格的なプロジェクトを立ち上げる——。名前は「プロジェクトW」。若手と、新しい波(Wave)を意味した。

20〜30代の社員100数名全員を対象に、7〜8人のグループに分け、会社の問題点と改善策について本音でぶつかり合う場を設けた。「議論2時間、飲み会2時間」のセットを複数回繰り返す形で、十数回にわたって実施した。全員の声を聴くために、森さん自身がすべてのセッションに同席した。

一部の役員からは懸念の声が上がった。
「若いやつの文句ばかり聞いてどうするんだ」
「聞いて何もできなかったら、お前は信頼を失うぞ」

それでも森さんは実行した。「何を言われても、やろうと思っていました。立場上、これができるのは自分しかいない。やらないと、社長になる意味がない」

あの夜、重い口を開いてくれた人たちの顔が、まだ頭の中にあった。同じ思いで去っていく社員を、これ以上出したくなかった。その一念が、誰に何を言われても動き続けることができた、森さんの原動力だった。

「必ず答える」というコミット

プロジェクトWには、一つのルールがあった。

「不満を言うだけでなく、解決策として提案する形で意見を出してほしい。できることは期日を決めてやる。できないことは、できない理由を添えて必ずフィードバックする」

多くの組織では、声を上げても何も変わらないという無力感が積み重なっている。だから誰も本音を言わなくなる。森さんはその連鎖を、“必ず答える”というコミットで断ち切った。

すぐに何かが劇的に変わったわけではない。改善できたことも、できなかったことも、どちらもあった。しかし社員の間に、ある確信が広がっていった。「次の社長は、本気で自分たちのことを考えてくれている」——その信頼が、改革より先に生まれた。

やがて変化は数字にも現れた。離職率は低下。活気を取り戻した職場では、自ら手を挙げる社員が増え始め、業務改善のアイデアが生まれ、新しいことに挑戦する空気が広がっていった。それまで年1%だった成長率は、5%、そして10%へと大きく改善した。「本音を聴かれた」という体験が、組織の空気を変え始めたのだ。

聴き続けることが、文化になった

あれから、ユードムの売上は25億円から50億円へと倍増した。

変わったのは、数字だけではない。社員一人ひとりが力を発揮するようになった。意見を出すことが当たり前になった組織では、新規事業の立ち上げも動き始めている。自社製品の開発チームも発足した。「AWSを活用した自治体向け AI サービスも広がりつつある」

社内制度も年々充実してきた。匿名で社長に直接届く意見箱を今も運用し、育児時短勤務を中学校卒業まで認める制度を導入し、コアタイムを廃止したフレックス制を整えた。社員の平均給与は2020年比で100万円アップを目標に、着実に引き上げ続けている。

2025年には50周年記念の社員旅行を実施した。ハワイ、石垣島、有馬温泉の3方面に600名を超える社員と家族が旅立ち、費用は会社が全額を負担した。

「社員の家族から、『いい会社で働かせてもらっています』と直接言われるんです。それが、本当に嬉しくて」

森さんの視線は、すでに先を向いている。売上100億円を次の目標に掲げ、自社製品の全国展開や自治体向けサービスの横展開を進める。農業・介護・医療提携と、社員のライフステージ全体をグループで支える構想も温めている。

「100億達成したら、また旅行に行こうって約束してますから」
すべての起点は、あの退職者との夜だった。

冒頭の問いに戻ろう。組織は、何がきっかけで変わるのか。森さんが示した答えはシンプルだ。まず一人に会いに行くこと。そして必ず応えること。誰かが本気で「聴いている」という体験が積み重なった時、人は動き始め、組織は自ら変わっていく。一人の熱量は、必ず伝わる。

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