記事のPoint
- 大きな改革でも、コンサルの提言でもない。組織が変わったきっかけは、後継者が退職者と飲みに行ったことだった
- 「不満は解決策として出せ。できないことも必ず理由を返す」——本音を裏切らない、たった一つのコミット
- その積み重ねが文化になり、離職率は低下、成長率は1%から10%へ、売上は25億円から50億円に倍増した
組織とは、何がきっかけで変わるのだろうか。
大きな改革施策か。経営陣の入れ替えか。それとも外部コンサルタントの提言か。
茨城県の老舗IT企業、株式会社ユードムでは、その答えは意外なところにあった。一人の後継者が、退職を告げた社員一人ひとりの話を聴き続けたこと——その積み重ねが、組織を変え始めたのだ。一人の本気の熱量が、組織を変えることがある。なぜ彼は「聴く」ことを選び、そしてなぜそれが組織を変えたのか。

代表取締役社長 森淳一さん
1976年生まれ。東京理科大学を卒業後、2000年に日本オラクルへ入社。東京・大阪・広島で大手企業を中心とした営業を担当し、4年目には若手2名で広島営業所の立ち上げも経験。37歳でユードムへ入社し、2018年、42歳で3代目社長に就任。売上を25億円から50億円に倍増させた経営者。

株式会社ユードム
茨城県を拠点に、ITシステム開発・クラウドサービスを手がける1976年創業の老舗ITサービス会社。AWSパートナーとして自治体向けサービスも展開し、地域のIT基盤を長年にわたって支えてきた。社員数はグループ合計で540名。
帰ってきた日、森さんが見たもの

外資系IT企業の日本オラクルでフィールドセールスとして腕を磨き、当時若手では異例の地方営業所の立ち上げも経験した。37歳で家業の門を叩いたのは、父からの「帰ってきてくれないか」という、言葉だった。
しかし戻った職場は、前職の日本オラクルとはまるで異なる空気に包まれていた。上司にものが言えない雰囲気だったのだ。意見を出し合い、ぶつかり合うことが当たり前だった前職とは、空気がまるで違った。上司の指示に従うことが良しとされ、「反論や意見を言ったら損をする」という空気が、社内に漂っていた。
人材の流出も続いていた。人がいれば仕事が生まれる事業モデルにおいて、これは経営に直結する深刻な問題だった。そんな中、ある発見が森さんの背中を押した。社内の資料を掘り起こすと、創業5年目に父が作ったという経営理念が出てきた。
「絶えざる技術革新と創造で、お客様および社会に貢献し、社員すべてが豊かで生きがいを持って働ける企業として発展する」いい言葉だと思った。しかしこの理念は、当時の役員にも、前社長にも、すでに誰の口にも上らなくなっていた。どの壁にも飾られていない。どの会議でも語られることもない。会社が本来掲げるべき存在意義と、目の前の現実の間に、大きな距離があった。
退職者との重い夜——そして、プロジェクトWへ

人が辞めていく。その現実を前に、森さんが最初に動いたのは、意外なほどシンプルな行動だった。退職を告げた社員に声をかけ、飲みに行ったのだ。
最初の夜は、なかなか話が弾まなかった。「お疲れ様でした」「次はどこに行くの?」——当たり障りのない言葉のやり取りが続いた。森さんはグラスを傾けながら、ただ待った。しばらくして、相手の口が少しずつ開き始めた。
「自分はただ上司や会社の駒として使われているのではないか」
「上司に聞いても、自分で考えろ、としか言われなくて」
「この先、この会社がどうなっていくのか、正直不安でした」
森さんはその後も、退職者が出るたびに飲みに行った。一人、また一人と話を聴き続けた。するとどこへ行っても、同じような言葉が出てきた。飾らない、取り繕わない本音だった。
「数ある会社の中からここを選んで入ってきてくれた人が、こんな思いで辞めていく。それって会社として不誠実じゃないですか」この確信が、森さんを次の行動へと駆り立てた。
単発の飲み会ではなく、組織を変えるための本格的なプロジェクトを立ち上げる——。名前は「プロジェクトW」。若手と、新しい波(Wave)を意味した。
20〜30代の社員100数名全員を対象に、7〜8人のグループに分け、会社の問題点と改善策について本音でぶつかり合う場を設けた。「議論2時間、飲み会2時間」のセットを複数回繰り返す形で、十数回にわたって実施した。全員の声を聴くために、森さん自身がすべてのセッションに同席した。
一部の役員からは懸念の声が上がった。
「若いやつの文句ばかり聞いてどうするんだ」
「聞いて何もできなかったら、お前は信頼を失うぞ」
それでも森さんは実行した。「何を言われても、やろうと思っていました。立場上、これができるのは自分しかいない。やらないと、社長になる意味がない」
あの夜、重い口を開いてくれた人たちの顔が、まだ頭の中にあった。同じ思いで去っていく社員を、これ以上出したくなかった。その一念が、誰に何を言われても動き続けることができた、森さんの原動力だった。
「必ず答える」というコミット

プロジェクトWには、一つのルールがあった。
「不満を言うだけでなく、解決策として提案する形で意見を出してほしい。できることは期日を決めてやる。できないことは、できない理由を添えて必ずフィードバックする」
多くの組織では、声を上げても何も変わらないという無力感が積み重なっている。だから誰も本音を言わなくなる。森さんはその連鎖を、“必ず答える”というコミットで断ち切った。
すぐに何かが劇的に変わったわけではない。改善できたことも、できなかったことも、どちらもあった。しかし社員の間に、ある確信が広がっていった。「次の社長は、本気で自分たちのことを考えてくれている」——その信頼が、改革より先に生まれた。
やがて変化は数字にも現れた。離職率は低下。活気を取り戻した職場では、自ら手を挙げる社員が増え始め、業務改善のアイデアが生まれ、新しいことに挑戦する空気が広がっていった。それまで年1%だった成長率は、5%、そして10%へと大きく改善した。「本音を聴かれた」という体験が、組織の空気を変え始めたのだ。
聴き続けることが、文化になった

あれから、ユードムの売上は25億円から50億円へと倍増した。
変わったのは、数字だけではない。社員一人ひとりが力を発揮するようになった。意見を出すことが当たり前になった組織では、新規事業の立ち上げも動き始めている。自社製品の開発チームも発足した。「AWSを活用した自治体向け AI サービスも広がりつつある」
社内制度も年々充実してきた。匿名で社長に直接届く意見箱を今も運用し、育児時短勤務を中学校卒業まで認める制度を導入し、コアタイムを廃止したフレックス制を整えた。社員の平均給与は2020年比で100万円アップを目標に、着実に引き上げ続けている。
2025年には50周年記念の社員旅行を実施した。ハワイ、石垣島、有馬温泉の3方面に600名を超える社員と家族が旅立ち、費用は会社が全額を負担した。
「社員の家族から、『いい会社で働かせてもらっています』と直接言われるんです。それが、本当に嬉しくて」
森さんの視線は、すでに先を向いている。売上100億円を次の目標に掲げ、自社製品の全国展開や自治体向けサービスの横展開を進める。農業・介護・医療提携と、社員のライフステージ全体をグループで支える構想も温めている。
「100億達成したら、また旅行に行こうって約束してますから」
すべての起点は、あの退職者との夜だった。
冒頭の問いに戻ろう。組織は、何がきっかけで変わるのか。森さんが示した答えはシンプルだ。まず一人に会いに行くこと。そして必ず応えること。誰かが本気で「聴いている」という体験が積み重なった時、人は動き始め、組織は自ら変わっていく。一人の熱量は、必ず伝わる。
編集後記
社員を幸せにしたい。ユードムに入って良かったと思ってほしい。森さんの原動力は、一貫してそこにありました。
取材を終えて廊下を歩いていると、ある若手社員がこう話してくれました。
「改善提案を社長がちゃんと聞いてくれる。社長が先頭を切って働きがいのある会社にしようと動いてくれています」
「声が届く」という実感が、人を動かす。その連鎖がやがて組織を変える——森さんはそれを、地道な行動で証明してくれました。
一人の熱い想いが、数百人規模の組織を動かす。これは紛れもない事実でした。
組織を変えようと思っても、誰かへの遠慮や自信のなさで一歩踏み出せない方に、伝えたいことがあります。熱を持ってやり切れば、きっとたくさんの人を幸せにできる——森さんがそれを証明してくれました。(編集部・須貝)
