パレスホテル東京、高島屋から愛される村田農園のブランド戦略

芸能人のサインがずらりと並ぶ事務所、苺の甘い香りがふんわりと漂う、整理整頓された作業場。村田農園は間違いなく、一流の苺の作り手だ。「日本で5本の指に入る」と、尊敬の眼差しを向ける同業者も多い。

DOITER

代表取締役社長 村田 和寿 さん


株式会社村田農園

営業に頼らず広がる販路の理由

販路開拓というと営業活動を思い浮かべるが、村田さんは営業活動をしていない。では、どうやって販路を開拓したのか?

苺の美味しさはもちろん重要。村田農園の苺は、香りが強く、ジューシーな果肉で、酸味と甘味のバランスが絶妙。パティシエを中心とした、玄人ウケする苺だと、市場の選果人も太鼓判を押す。しかし美味しいだけでは、独自の販路は開拓できない。美味しさに加えて、“期待を超えるおもてなし”があってはじめて、村田農園の販路開拓の車輪が回り出す。

例えば、都内の一流果物店との取引の中で、ある出来事があった。気温が上がり、苺が傷みやすくなる2月、先方から「春先までお店で苺を出したいけど、時期的にもう限界でしょう。仕方ないですが、今年の取引は今月いっぱいまでにしましょう」と提案された。だが、村田さんは即座に動いた。

「ちょっと待ってください。新しい資材を使った配送を、1度試させてもらえませんか?」

提案は大成功。苺は傷まず、その年の取引は1ヶ月間延長された。これに先方は大喜び。さらにその果物店は、他の苺農家との取引でもこの資材を使いたいため、村田農園から資材を購入したいと打診。村田さんは承諾した。この一件以来、「村田さんなら、新しい取り組みに何かアイデアをくれるはずだ」という信頼感が生まれ、その後も苺に関する取り組みは、まず相談が来る関係性が続いている。

「目先の損得よりも、相手が喜ぶことを最優先に考える。その姿勢が信頼を生む」

村田さんはそう語る。面倒、自分の仕事ではない、そんな線引きをせず、相手ファーストで自分が出来ることを提案をする。そこには、生産のみを自らの仕事としている、従来の農家の姿は無かった。こうして、美味しい苺と、期待を超えるおもてなしがセットになって、“村田さん家の苺”というブランドが完成する。買い手からすると、苺が美味しくて、ビジネスの取引がしっかりできる農家は貴重な存在だ。

その後、その一流果物店と取引しているという評判で、他の高級店との取引も自然と広がった。販路を広げようとしたのではなく、目の前の相手に尽くす積み重ねが、自然と販路を広げていったのだ。その結果、今では三ツ星ホテルや有名な百貨店からの注文が殺到している。

現場の“期待超え”を標準化する

村田農園のブランド戦略は、期待を一歩超えるふるまいを現場の標準にすることだ。バリから来た10名の海外スタッフは来園者を見かければ作業の手を止め、笑顔で挨拶する。苺の収穫から選定まで、苺を丁寧に扱い、傷がついた苺は絶対にお客様に提供しない。苺の梱包にはピンクのハート柄資材を選び、箱を開けた瞬間の高揚感まで設計する。こうした小さな心遣いが積み重なって、“村田さん家の苺”という体験が出来上がる。

村田さんが従業員に伝える軸は明快だ――「お客様が農園のファンになる前に、まずあなたのファンになってくれる接客を」。その結果、従業員が村田農園を辞める時に花を届けてくれるお客様や、わざわざ手土産を持って会いに来てくれるお客様が生まれた。

ブランドとは外から見た共通イメージの総和である。「村田さんは丁寧」「いつも良くなる提案をくれる」「だから今年の苺もきっと美味しい」――この認識の一致こそが、名前そのものをブランドに変えていく。

販路拡大を支えたのは派手な打ち上げ花火ではない。現場の一つひとつの接点で期待超えを積み上げる粘りだ。ブランドづくりは一朝一夕ではないが、積めば必ず高くなる――村田農園は、その当たり前を実直に証明している。

「消費者こそ本当のお客さま」と気づいた日

相手の期待を超える姿勢は、最初からあったわけではない。転機は20代の時、生協との取引で受け取った消費者の手紙だった。「美味しかった」「不味かった」――率直な声に触れ、村田さんは、取引先ではなくその先の食べ手こそが本当のお客さまだと気づく。

それまでは、生協やJAの要望に沿い、棚持ちの良さを最優先した固く青い苺を出荷していた。しかし、消費者が求めているのは完熟で赤く、甘い苺だ。そう腹落ちしてからは、取引先の条件を満たしつつも、食べ手にとって最良の一粒をどう届けるかを起点に、選果や梱包資材、配送まで見直しが始まった。

村田さんはこう語る。

「今までは生協やJAなど、苺を買い取ってくれる人がお客さんだと思っていました。でも違うんです。その先の、苺を食べる消費者が、本当のお客さんだと気づきました。自分が作る苺を、美味しいと思って食べてほしい。そのために出来ることを提案していきたい」

生産、梱包、配送と、苺に対する並外れた気遣い。それに加えて取引先の要望を叶えるための最大限の配慮。それは全て、消費者を喜ばせたい一心からの行動だった。

かっこいい農業の条件は、儲かる・休める・誇れる

そんな村田さんが今やりたいことは、“かっこいい農業”を実行し、発信することだ。目指す姿は明快で、①しっかり儲かる、②しっかり休める、③胸を張れる取引先に出荷できる――この三拍子がそろう営みである。この背景には、本当に美味しい食材の作り手を、後世にも残したいという想いがある。そのために、担い手不足と言われる農業において、農業を憧れの職業にしたい。

その実現を自社だけに閉じないため、品質志向の仲間を束ねた部会を運営し、技術と販路を共有する仕組みを回している。一般に農家はノウハウを秘すと言われがちだが、次世代に本当においしい食材の作り手を残すには、出し惜しみよりも分かち合い――そう腹を決めたからだ。

今日も村田さんは、利益も休息も誇りも両立する、この地域発の、かっこいい農業を現場から更新し続けている。

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