博報堂でキャリアを積んでいた加藤喬大さんは、コロナ禍で売上が半減した家業・明利酒類に戻り、消毒液事業を立ち上げて危機をしのいだ。
本記事では、消毒液事業ヒットの裏側と〈次の柱〉を求めて封印されていたウイスキー事業に再挑戦するまでの決断と試行錯誤を追う。
危機対応のスピード、社内を動かした言葉、そしてクラフトウイスキー「高藏」誕生の背景――逆境でこそ生まれる“攻める守り方”を探りたい。

常務取締役 加藤喬大(かとう・たかひろ)さん
大学卒業後、博報堂を経て家業に入り、酒蔵再建とブランド力向上に尽力。全国の酒蔵を訪ね歩き、ヒット商品開発や高付加価値戦略を導入。休止していたウイスキー製造も復活させた。IoT設備への投資など、大胆な経営判断で人手不足や技術継承問題にも対応。信条は「世界中の人々に心の豊かさを届ける」。お酒を通じて人々をつなぎ、笑顔の総量を増やすことを人生の目標としている。

明利酒類株式会社
茨城県水戸市に本社を置く酒造メーカー。売上26億円。従業員110名。江戸時代から続く酒造りの伝統を受け継ぎ、日本酒「副将軍」、梅酒「百年梅酒」などで全国的に知られる。全国新酒鑑評会での金賞受賞歴を重ね、国内外で高い評価を得る。近年はウイスキーの製造にも力を入れ、IoT導入による品質管理や効率化も推進。伝統と革新を融合させた酒造りで、国内市場だけでなくアジアや欧米など海外展開にも積極的に取り組んでいる。
延命では終われない―博報堂を辞め、家業を救った半年―

加藤さんは広告代理店・博報堂に勤め、東京でマーケティングやCM作りの仕事をしていた。充実した日々。しかし、コロナ禍が彼の人生を変えた。家業の明利酒類が、コロナの影響を受けて売上が半減。販売先の飲食店が営業自粛に追い込まれたためだ。これにより家業は経営危機に直面していた。
「実家の危機を聞いた時に、真っ先に家族と会社を守りたいと思いました。当時不足していたアルコール消毒液を作ることで、家業の助けになり、社会貢献にも繋がると考え、博報堂をやめて会社を継ぐことにしました」
不足する消毒液と、お酒の原料となるアルコールの貯蔵力、社会貢献をビジョンとする明利酒類の理念。三つの点が頭の中で一直線に結ばれた瞬間だった。実家に戻り、新しい肩書は“社長室長”。しかし報酬はゼロ――会社を助けたいという思いで、半年間無給で働いた。家族とも社員とも約束したのはただひとつ、「必ず会社を立て直す」。
アルコール消毒液を事業化するにあたり、“日本の公衆衛生に貢献する”という新たなビジョンを策定した。そしてスピード感をもって、医薬部外品の免許を取得し、MEIRIの消毒液をリリース。新規事業の成功可否は、タイミングの影響を大きく受ける。スピーディーな決断と行動力で見事に時勢を掴み、経営危機を脱することが出来たのだ。
六十年ぶりの火入れ

消毒液の販売で経営危機を脱した加藤さんだったが、次の売上の柱を作りたいと考えていた。加藤さんが次の柱として選んだのは、ウイスキー事業だった。実は1950年代に、明利酒類は蒸留に挑み、工場火災で断念したという歴史がある。
「歴史あるウイスキーの蒸留にこそ、もう一度挑戦すべきだと思った」
加藤さんはそう言う。理由は三つあった。第一に、国内外でクラフトウイスキー市場が伸びており、次の収益の柱になり得ること。第二に、清酒造りで培った酵母研究や樽貯蔵の知見が、そのまま差別化の武器になること。そして第三に、挑戦そのものが社員の誇りを呼び覚ますと考えたからだ。
加藤さんは何かものを創る時は独自性を大事にする。
樽は、国産ミズナラ樽に加え、梅酒樽(プラムワイン樽)で熟成させることに決めた。また清酒酵母で培った発酵技術をウイスキーにも応用し、独自のウイスキー酵母をつくるという。
全国の蒸留所を回り、設備とレシピをノートに写し取った。ウイスキー造りのキーマンである社員とは、一緒に蒸留所を回った。同じ景色を見ることが、人を動かす最速の方法だと知っていたからだ。加藤さんの情熱に刺激され、最高のウイスキーをつくるという気持ちが社内に伝播されていった。

2022年秋、ついに高藏蒸留所の釜に点火。それは失われた時間が、音を立てて巻き戻るようだった。梅酒樽で後熟させ、甘やかな香りと和のニュアンスを引き出す。
やがて、一年物のこのウイスキーは、日本唯一、かつアジア最大級の蒸留酒品評会”東京ウイスキー&スピリッツコンペティション 2025”の洋酒部門で金賞を受賞した。
加藤さんの視線は熟成庫の奥、まだ誰も味わったことのない樽の向こうに向いている。経営危機を越え、そのさらに先へ。挑戦を燃料にして走る蔵に、再び火が灯った。
編集後記:加藤さんの夢
新しい取り組みにアグレッシブに取り組む姿勢が印象的な加藤さん。そんな加藤さんのモチベーションの原点は、「人の笑顔の総量を増やしたい」という純粋な想いでした。「世界中の人の心を豊かにしたい。お酒を飲むことで、少し肩の力が抜けたり、誰かとつながったり。そういう『心の余白』を届けたい」と語ります。先日行われた、明利酒類の蔵開きイベントに訪れた人の数は1300人。このファンをさらに増やし、笑顔の総量を増やすことが加藤さんの夢です。ファンがお酒を飲む瞬間に立ち会い、話を聞くことが何よりも大好きな加藤さん。アグレッシブさの中に好奇心が垣間見える、少年のような眼差しを感じました。
