自分で考える力を地方に──元バックパッカーが挑む塗装業の再生

株式会社菊正塗装店 代表取締役 鈴木大介

「地方地域に、自身の人生を深く考え責任を持つ文化を根付かせたい」

DOITER

代表取締役 鈴木大介 さん


株式会社菊正塗装店

バックパッカーから家業へ──主体的に生きる覚悟

「自身の人生を他人軸ではなく、自分軸で決める力。人生にはそれが一番大事だと思うんです」

鈴木さんは、若い頃は、社会に背を向け、パチプロのような生活を経て、その後は世界をバックパックひとつで旅をした。インドで出会った他のバックパッカー達は、ただ今を生きていた。

鈴木さんは彼らを見てすぐに思った。彼らのようには生きられないと。

「彼らは将来の不安や、過去への執着よりも、“今、その瞬間”だけのために生きているように見えた。自分にはそこまで振り切る勇気がないーーー」

一般社会に埋没している人達からみたら、世捨て人や、社会不適合者とみられる一面もあるかもしれない。でも鈴木さんは彼らと自分を比べて、複雑なコンプレックスのような感情を抱いた。

鈴木さんは彼らを見て、なぜそう思ったのか自問自答した。そして気づいた。

「彼らは自分の人生を自分で決めてる。何を拒絶するか、何を選択するか、今日どこに行くか、何がしたいか、自分に正直だ。今を生きることが出来ている。まるで子どものような、自分の欲望への忠実さがあるーーー」

世捨て人まで振り切らずとも、やりたいことを自分軸で決める、つまり主体的に生きることが、幸せに生きるために必要な要素では?そんな学びを得たバックパッカー生活だった。

帰国後、インドのヒンドゥー教の聖地バラナシで出会った友人と、東京で再会する。その友人が立ち上げた、古着と中東の絨毯輸入販売会社に経営参画することになり、DXを駆使して3年で年商1億円を達成。だが、疎遠になっていた菊正塗装店の先代である、父と連絡を取り合うようになることで、鈴木さんの人生は一変する。

きっかけは、鈴木さんが父にかけた間違い電話だった。久々の再会。親子の時間を取り戻すように、お互いのこれまでの話に花を咲かせた。それから2人は、一緒に海外旅行をする仲になった。

塗装業や地方地域での経営に対して、熱い想いを語る父。はっきりと言葉には出さなかったが、家業の継続を望んでいるであろう父の望みを感じ取り、鈴木さんは帰郷を決めた。

紙からクラウドへ──塗装業にITの風を吹かせたDX改革

39歳で全くの未経験の業界に入職。役職付きの名刺を持ってはいるが、自分は素人で顧客は建築のプロ。わからないことは、材料販売店、メーカー、そしてなによりも現場経験の豊富な職人の親方に貪欲に質問し、とにかく周りのやり方に倣った。

仕事を覚える過程で、前職で得た知見から、業務の効率化、DX化のポイントが見えてきた。それも至る所で大量に。

非効率な作業に伴う膨大な業務、終わらない残業ーーー。

「このままだと会社に未来はない。だったら、思い切って自分の色を出そうと思ったんです」

鈴木さんは、自分の強みを活かした改革に踏み切る決断をした。最初に手をつけたのは、徹底的なDX。当時は紙のタイムカード。勤怠のためだけに現場から会社に戻る。そんな非効率が当たり前だった。

「導入よりも、定着させることがDXなんです。だから対話を重ねて、文化を変えていきました」

DXの推進──都心のIT企業なら珍しくないだろう。しかし、伝統と前例を重んじる地方の塗装会社でこれを実行するのは、並大抵のことではない。

会社の文化は、指示されたことを実行するのが当たり前。社員が自ら考え、提案する習慣はなかった。そこで鈴木さんは、現場に足を運び、自ら情報を拾い集め、効率化のポイントを一つずつ発見していった。

DXツールの導入も一筋縄ではいかない。

はじめは社員への説明に時間を割いた。これをやれば、どれだけ業務が楽になるかを具体的に伝える。例えば勤怠管理なら、「アプリで外から打刻すれば、現場からそのまま帰宅できるので、早く家に帰れる。だからこの打刻方法を覚えましょう」といった具合だ。だが、何度熱心に伝えても実行してくれない社員が数名いた。

人は今までのやり方を変えるのに負担を感じる。社員が面倒だと感じれば実行されない。そう学んだ鈴木さんは、ツールの使い勝手にこだわった。勤怠はスマホを開いて2タッチで打刻できるアプリを選んだ。iphoneのように直感的な設計こそがDXを前進させた。

導入後にはルール整備も欠かせない。勤怠システムを導入したとき、いつ打刻するかの解釈が社員ごとに異なっていた。

Aさんは「仕事が終わったら打刻」、Bさんは「家に着いたら打刻」──そんな食い違いを一つずつ拾い上げ、都度ルールを作成して全員に説明していった。

こうして鈴木さんは、タイムカードの廃止、紙の報告書のクラウド化など、業務効率を上げるDXを根気強く実行し、会社全体の生産性を、じわりじわりと上げていった。

新規事業への挑戦──6.5億→13.5億の裏にあった決断──

こうして生まれた時間のゆとりを、鈴木さんは売上を作る仕事に投じた。その一つが新規事業だ。

新規事業では、一般住宅向けの外壁塗装を始めた。塗装業界では、企業向けと一般顧客向けで、塗装業者のプレイヤーが異なる場合が多い。

菊正塗装店は、企業向けの塗装が主な仕事。大手ゼネコンから依頼された公共事業などの仕事を、塗装職人を抱える協力会社に発注し、仕事の進捗を管理する。いわゆるプロジェクトマネージャー的な仕事に従事してきた。そのため、一般顧客の住宅向けの外壁塗装をした経験はほとんどなかった。

「BtoBでは得られない、顧客の声を直接吸い上げたかった」

鈴木さんはそう語る。普段担当するビルの塗装では、顧客とビルの利用者は異なる。そのため、感謝や要望など、利用者からの声を直接聞ける機会は少ない。そういった声を聞くことが、従業員や協力会社の塗装職人にとって、やりがいや成長の機会になるのではないかと考えた。

勝算もあった。商圏の市場規模は2.5億円。そこに圧倒的なシェアを誇る業者はいない。長く地域で事業をしてきた信頼が強みとなり、結果として、この新規事業は1年目で1億円まで売上を伸ばすことが出来た。

DXで生産性を向上させ、空いた時間で新規事業を起こす。こうした地道な取り組みを、鈴木さんは根気強く続けてきた。それは、社員の時も、社長になってからも同じだ。

その結果、組織は変わり、売上も伸びた。まさに胆力の経営者である。

指示待ち文化に一石──地方に思考する風土を

自らが先導し、会社の当たり前を変えてきた鈴木さん。そんな鈴木さんが次にやりたいことは、自分で考える、主体的な社員を増やすことだ。

入社した当初、鈴木さんが感じたのは、ある種の人任せな空気だった。

「上司の指示に従って頑張ってる。でも、非効率だと気づかない。もしくは、気づいても何も変えようとしない。それって、もったいないと思ったんです」

インドで出会ったバックパッカー達を思い出す。彼らは誰にも指示されず、人生を自分で選んでいた。

「自ら考えて行動するという意味では、バックパッカーの方が、自分の人生に対して誠実に生きている。そしてその方が、本人も幸せなんじゃないか」

鈴木さん自身が主体的になり、効率化や、売上を伸ばす方法を提案し始めたとき、売上は自然と伸びた。人が自分で考え、決断し、責任を持つ──それが仕事の面白さを生み、組織を強くすると実感した。

「やっぱり人は、自分で考えた時の方が楽しく働ける。これができる環境を地方につくりたい」

とはいえ地方には、変化を避け、前例に倣う空気がまだまだ残っている。先日届いた地域の会合の出欠確認は、まさかのFAXで返信。メールの方が早いと感じても、年配の方を中心に慣れたやり方で続けたい人は多い。鈴木さんはそんな現実を受け止めつつ、こう語る。

「変わりたくない気持ちは、人の本能かもしれない。考えず、今までと同じやり方を続ける方が楽だから。でも、自分で考えて変えていくのって、すごく楽しいんですよ。その楽しさを知る人が地方に増えたら、地方はもっと面白くなるはずです」

まずは自分の会社で、主体的に働く社員を増やす。そして、その姿を地方から発信し、取引先や周辺企業にも広げたい。それが、地方企業の新しい当たり前になる未来を描いている。

「人って、過去や未来じゃなく、今を生きているときが一番幸せなんです。だからこそ、自分の人生を自分で選べる人を増やしたい」伝統ある塗装業という舞台で、新しい働き方と生き方を提案する菊正塗装店。

鈴木さんの挑戦は、単なる業務改革ではない。地方と人の可能性を切り拓く、壮大な社会実験だ。

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