“怒る”をやめたら人が育った──クリーニング専科の「自走人材」育成術

力こぶホールディングス沼崎社長
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力こぶホールディングス 沼崎周平

代表取締役社長 沼崎周平


力こぶホールディングス株式会社

20代の沼崎さんは、父とともに売上1億円の会社を15億円規模へと駆け上がらせた。勢いはあった。だが社内の人間関係は荒れ、人の入れ替わりも早い。

同族経営ゆえの、味方がいる状況に甘んじ、文句を言う社員が悪いとしか思えなかった。やがて父が退任を決め、組織の矢面に立つのは自分だけに。会社経営から逃げたかった。でも借入がある。そこで自問した。

――自分は何が一番嫌なのか?出てきた答えは、意外なほど素直だった。

「社員に会社の悪口を言われることが、一番嫌だ」

そこで初めて、自身が持つべき経営哲学について思慮した。世の中には、お金などの利害関係で人を雇う経営者と、一緒に働きたい気持ちなど、心の繋がりで人を雇う経営者がいる。自分はどちらになりたいのか。

選んだのは後者だった。人に向き合う会社に、舵を切る。ここが分岐点だった。

それまでは売上至上主義の旗を振り、顧客に奉仕する精神から価格を下げ、結果として社員に無理をさせていた。それでは、最終的に誰も幸せにできない。好調な売上の裏で、経営者の心さえ蝕んだ。沼崎さんは今までの考えを捨て、顧客満足、社員満足、会社が続くこと、この3つを最大化させる。これが経営だと再定義した。

怒るのをやめたら挑戦回数が増えた

経営方針を変えた後も、失敗は続いた。象徴的だったのが新卒採用だ。新卒入社の社員には思い入れがあった。急成長して欲しい気持ちから、20代に自分が父から受けてきた、厳しいスタンスで接した。

できないなら辞めろと言わんばかりの怒るマネジメントを3年続けた。結果は、期待した成長は見られなかった。それどころか、辞める人も出てきた。そこで初めて、怒りに頼る自分の接し方と向き合った。

「怒るのをやめよう」

新卒採用が始まって4年目。沼崎さんはそう決めた。

これがターニングポイントだった。怒るのを辞めると、次々とプラスの変化が起きた。社員が自発的に行動するようになったのだ。いま思えば、怒っていた頃は社員の成長が止まっていた。怒る=強い介入。続ければ、自分で考えないことが癖になる。社員のやり方に介入すれば、短期的には失敗も減るが、自発的な行動も挑戦も減る。

沼崎さんは、社員が決めたことで、失敗する可能性が高いと思ったことも、あえて事前に止めずにやらせてみた。すると、案の定失敗した社員から、驚くべき反応が返ってきた。

「本当に悔しい、成功させるために学びたい」

社員はそこから必死に勉強し、自分なりの成功パターンを習得していった。この経験から沼崎さんは、人が育つ最大のコツは、許すことだと気づいた。失敗させ、学ばせ、聞かれたら教える。とにかく、相手が学びを得るまでじっと待つのだ。

社長が失敗を許すと、社員の挑戦が戻ってきた。挑戦をはじめた社員は、学び、自走し始めた。それこそが、成長に必要な要素なのだ。沼崎さんはこれに気づき、これまでのやり方をアンラーニングした。

自走人材を育てる仕組み

力こぶホールディングスのクレド

怒るのをやめた沼崎さん。代わりに、社員が成長する環境を整えることに注力した。

「一緒に働く人が良くて、働く環境が良くて、仕事にやりがいがあれば、人はがんばれる」

そう語る沼崎さん。さらに自走人材を育てるため、3つの工夫をした。

1つ目は理念経営の導入だ。リッツカールトンに感銘を受け、“クレド”という会社の信条を示したカードを作成した。これを全社員に配り、名札の裏側にカードを入れ、いつでも見られるようにした。

今までは、判断するのは社長や上長だったが、クレドに書かれた信条に沿って、現場の社員が判断できるようになった。評価基準も、クレドに沿って行動できたか?に変更した。結果ではなくプロセス重視の評価だ。

2つ目は、失敗を歓迎する評価制度だ。

「業務の失敗を許すって言ってるんだから、失敗が原因で給料を下げるとか、基本俺はしない」

社員から、甘すぎると言われたこともあるが、社員が失敗したら全て経営者である自分の責任だと跳ね除けた。全ては失敗を許す文化を加速させるためだ。評価はするが罰則は無い、心理的安全性が高い組織文化を目指した。

3つ目が採用だ。条件が合う人なら誰でもといった従来の採用方針をやめ、沼崎さんが一緒に働きたいと思える人だけに絞った。スキルは後から伸びるが、価値観の溝は埋めにくいからだ。

キレイな職場環境は仕事の燃料

力こぶホールディングスのクリーニング専科店内

ここで言う働く環境とは、物理的な環境のことを指している。東京の洗練されたオフィスや店舗を見て、地方でもできると確信。アートディレクターに依頼し、店舗の内外装を順次リニューアルした。

黄色い看板とうさぎのキャラクターで知られる、クリーニング専科をはじめ、グループブランド全体でキレイでオシャレな店舗環境を整えた。すると、働く人のモチベーションが上がったのだ。次第に「うちの店舗も早く改装して!」と社員から声が上がるようになった。

働く環境を整えることの重要性に気づいた沼崎さんは、営業車のグレードを、一般の会社より高い車に買い換えた。

「人に何かしてもらったら、お返ししたくなるのが人の心情。働く環境が良いと、会社に良くしてもらったと感じて、仕事を頑張ろうと思う。これは、地方企業ほど意外と見落としがちなんですよ」

沼崎さんはしみじみと語った。

“人とのつながり”を選んだ結果

仕事が楽しい→工夫する→顧客に伝わる→選ばれる。起点はいつも「仕事って楽しい」だ。

社員の「仕事って楽しい」を増やすと、自ずと会社が繁栄する。それを実践してきた沼崎さん。長く社長を務めたクリーニング専科を運営をする株式会社ユーゴーは、売上1億円から45億円にまで成長した。

人材育成で会社を成長させた沼崎さんは、次にやりたいことがある。それは、次世代の経営者を育てることだ。

沼崎さんは、2024年に株式会社ユーゴーの経営権を社員に引き継ぎ、経営を退いた。今はユーゴーも含むグループ企業を束ねる、力こぶホールディングスの社長として、グループ企業の経営者達を育てている。

その中には自身の息子達もいる。経営の機会を与え、沼崎さん自身も一緒に事業を伸ばすべくチャレンジ中だという。親子で一緒に事業を成長させるのは楽しいと、目を輝かせて語る。

会社をやめたいと思った34歳。あの分岐点で、人との繋がりを選んだ沼崎さん。その人生の結果は、すごく豊かだと思った。

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