茨城県ひたちなか市に、9年で1億円から9億円。1拠点で9倍成長を遂げた地方の自動車会社がある。創業70年を超える「小野瀬自動車株式会社」。その中心にいるのは、3代目社長・小野瀬征也さんだ。
2011年に会社は一度倒産し、2016年に彼が家業を継いだ当時は、売上は1億円、社員数6名だった。社員の空気は重く、未来に希望は見えなかった。だが小野瀬さんは、社員の「人間力」に目を向けた。社員一人ひとりに本気で期待し、寄り添い続けたことで、家業を継いでわずか半年で売上は2億円に倍増。2024年には6.8億円、2025年には9.2億円、そして2026年には10億円の到達を見込んでいる。さらに2035年には売上30億円、2045年に100億企業を目指す。
しかもこの成長は、たった1拠点で成し遂げたものだ。1店舗の自動車整備工場としては、全国でもトップクラスの売上規模。成長し続ける小野瀬自動車で、社員を信じることで組織を変えてきた小野瀬さんの、“人の可能性を信じ導く経営の覚悟”に迫る。

代表取締役社長 小野瀬征也(おのせ ゆきや)
茨城県ひたちなか市出身、1984年生まれ。3代目として家業を継承し、経営再建に挑んだ経営者。日立一高卒業後に都内の大学に進学。卒業後はSMBC日興証券に就職し経済と金融と営業を学ぶ。続いてリクルートで企業を人材で支援し事業ビジョンを達成に導く人材紹介事業を通じて人材と組織運営を学んだ後、2016年6月、Uターンして家業を継いだ。リクルートの「組織」の知見を活かし、組織改革を実践。社員数を6倍、年商9倍にまで成長させ、短時間車検、輸入車、レンタカー、福祉車両、コーティング、保険事業など、多角的サービス展開を成功させている。

小野瀬自動車株式会社
茨城県ひたちなか市に拠点を構える小野瀬自動車株式会社(旧オノセモータース)は、1954年創業。車検、点検、修理、鈑金塗装、新車・中古車販売、買取、レンタカー(約150台)、自動車保険など、カーライフに関わるあらゆるサービスをワンストップで展開。年間入庫台数は約2,100台→10,200台に急成長。現在は従業員40名(パート・アルバイト含む)体制で、地域の安心と信頼を支える“くるまの町医者”として、地域密着かつ技術と心を大切にしたトータルカーライフサポートを提供している。
全国の経営者が視察に来る会社
小野瀬自動車の評判を聞きつけて、全国から中小企業の経営者が視察に訪れている。
「こんなに実直にお客様のことを考え、楽しそうに働いている社員たちがいるのかーーー」
ある経営者は、社員の働く姿勢に感銘を受けた。自分の会社の社員たちにも「働くことを楽しんで欲しい」と心の底から願っている経営者だからこそ、その姿に胸を打たれたのだろう。また、楽しんで働いて欲しいという願いが、決して絵空事ではなく、目の前にその想いを実現できている会社があることに感動したのだ。
小野瀬自動車の社員の中には、高校中退、前職でいじめを受けた、やりたい事をやらせてもらえなかったなど過去にコンプレックスを抱えた人もいる。自分に自信を持てなかった人たちが、今やプロフェッショナルとして誇りを持って仕事をしている。その様子を目の当たりにした経営者は、自らの会社の存在意義すら考えさせられたという。
そしてその背景にあるのは、小野瀬さんの一貫した”人に期待するマネジメント”だ。この組織の強さが、小野瀬自動車をただの人間関係の良い会社にとどめず、年商1億円から9.2億円へと成長を続ける企業へと押し上げている。
「人が会社をつくる」を本気でやったら、売上9倍になった

小野瀬自動車の最大の強みは、圧倒的な「組織力」にある。そう聞くと、アットホームな雰囲気を想像するかもしれないが、実際は、社員の熱量が桁違いに高い会社だ。幹部達は「自分達の手で、絶対にこの会社を大きく成長させたい」と口々に話す。
自主的に行われる商談のロープレに積極的に参加する営業やフロントスタッフやメカニック。全員が「お客様に最善の提案は何か」を議論する。「自分が会社とお客さんのためにできることを、もっと増やしたい」という動機から、全国の整備士のうちわずか3%しかいない「一級自動車整備士」の資格を持つ社員も輸入車ディーラーから入社した。
小野瀬自動車の組織は“仲良しグループ”ではない。会社の成長という目的を共有し、時には厳しい事も言い合いながら成長する、“チーム”なのだ。まるで部活の強豪校のようなその雰囲気は、“アットホーム”とは一線を画す。自動車整備が主力事業である小野瀬自動車にとって、「整備技術と接客技術=商品」だ。その意味で、社員一人ひとりの接客と技術の品質こそが、会社の競争力を決定づける。
「人の力」を信じる組織文化が、社員の主体性を引き出し、サービスの質を押し上げている。結果として、リピーターが急増し、年間入庫台数は5倍近くに伸びている。そして売上も9倍になった。この一体感の裏には、“人の可能性を信じ続ける経営の覚悟”があった。
あなたの親よりも、あなたに期待できる人でありたい

小野瀬自動車の強みである組織力。その基盤となっているのが、小野瀬さんの一貫した経営哲学、「期待をかけ信じて導けば人はなりたい人になれる」という信念である。小野瀬自動車では、挫折やコンプレックスを抱える社員も積極的に採用している。学歴や職歴の派手さではなく、その人の「これまでの後悔や挫折」「これからなりたい姿」に注目するのが社長のスタンスだ。
ある社員の入社後、保護者の方と面談する中で「うちの子、親に似て話すのが苦手で人前に出て話す事は絶対に出来ないので、ご迷惑をかけるかもしれません。あまり期待はしないでください」と言われた。そのとき、小野瀬さんはきっぱりと言った。
「いえ、私はとても期待しています。彼なら出来ます!」
小野瀬さんは、人の挑戦を笑うことを許さない。挑戦のあとには成功と失敗ではなく、成功と学びのどちらかが得られる。努力を邪魔する空気や揶揄する言動には厳しく向き合い、現場から徹底して排除してきた。そして、その社員は今、接客の最前線でお客様としっかり会話ができるようになり、「もっと上手に伝えられるようになりたい」と自ら学び始めている。
背中を押したのは、ずっと見守り、信じてくれる社長の存在だった。誠実に努力を続けたこの男性社員の姿に、女性社員が感銘を受け、社内結婚に至った。小野瀬さんは「本当にうれしかった」と笑顔を見せる。人が人に惹かれ、応援し合い、人生が前に進む――そんな空気が、9年という歳月を経て自然に育まれてきたのだ。
この組織文化を作った、「期待をかけ信じ導けば、人はなりたい人になれる」という信念に基づく小野瀬さんのマネジメントこそが、ただの“仲良し集団”では決して生まれない、成果を出し続ける組織の本質である。
働き方が、家庭と社会を変えた。ある女性社員の物語

35歳のある女性社員は、それまでパートの経験しかなかったが、息子が中学生になったのを機に正社員として入社してきた。仕事と家庭の両立に悩みながらも、「誰かの役に立ちたい」と前向きにスタートを切った彼女だったが、やがて正社員という立場の責任に押しつぶされそうになり、「辞めたい」と申し出た。
彼女の仕事への姿勢は、会社が求めるレベルに達しなかったと退職を受理することも出来ただろう。しかし、小野瀬さんは彼女が変わる可能性を信じ、退職を引き止めた。それが彼女の人生にとって、プラスに働くことを信じてーーー。
小野瀬さんは、『7つの習慣』という本やその内容を解説したYouTube動画を見るよう勧めた。彼女は、子育て中の立場から共感できる部分も多かったのだろう。その言葉や考え方に心を打たれ、徐々に仕事への向き合い方が変わっていった。そして、自ら手を挙げて社内イベントの企画リーダーを務めるようになった。
そのイベントには、彼女の高校生になった息子も「お母さんが小野瀬自動車に入って変わったからどんな会社か一緒に働いて見てみたい」とアルバイトとして参加。彼は現場での経験を通じて、「将来は小野瀬自動車のような皆がイキイキしている会社で働きたい」と夢を語った。さらに、彼女の変化に触発された夫は、10年間副店長を務めていたある企業で「自分が組織長になって良い店舗を作りたい」と店長への昇進を決意。店長になるため、これまで以上に仕事に邁進している。
「社員が前向きに変わっていく姿は、会社の中だけじゃなく、家庭や社会にまで波及していく。それを実感できたのが、すごく嬉しかったです」と小野瀬さんはしみじみと語る。こうした連鎖の積み重ねが、やがて会社全体の空気を変え、全国の経営者に影響を与える。ただの企業成長では終わらない“人の可能性を信じる覚悟”へとつながっている。その最初の一歩は、小野瀬さんが人の可能性を信じたことだった。
コンプレックスを力に変える方法

人は誰しも、何かしらのコンプレックスを抱えている。学歴、経歴、性格、家庭環境、容姿、過去の失敗――それらが時に、一歩踏み出そうとするときの行動のブレーキとなることもある。小野瀬さんは、そんな“誰にもある弱さ”を否定しない。むしろ「その過去を承認することからすべては始まる」と語る。
「過去を認められるようになれば、自分を認められる。そして、自分を認められるようになれば、他人も認められるようになる。すると人間関係が良くなって、良い縁に恵まれて人生が好転していく」このシンプルだが深い循環を、社員たちの実体験を通して証明してきた。だからこそ小野瀬さんは、どんな背景を持つ社員に対しても、「あなたの中にある可能性を、一緒に探していきたい」と本気で向き合う。
過去や弱みではなく、「これからの姿」に期待をかける。「うちの会社では、人生を豊かにするためにも仕事を楽しんでほしい。そのためなら、何年でも期待をかけ続けるし、頑張ろうとする人には、どこまでも寄り添い、励まし続ける」
その言葉を裏打ちするように、社内には少しずつ、しかし着実に自己変革を遂げた社員が増えている。コンプレックスごと受け入れ、「どうすれば輝けるか」を一緒に考える。それが小野瀬さんのスタンスだ。そうした丁寧な関わりが、社員一人ひとりの“人生そのもの”を豊かにしていく。
だからこそ、「社長と話すと感謝の気持ちが滲み出て、涙ぐむこともある」と話す社員に、他の社員も「その気持ちわかる」と共感するほど、信頼関係が育まれている。ただ仕事をこなすのではない。「自分の人生が、今いちばん楽しい」と社員が語れる職場環境をつくること。それこそが、小野瀬さんの描く、企業の本当の役割なのだ。
次回予告
ここまで読んで、「なぜ小野瀬さんは、ここまで人を信じ、期待し続けられるのか?」と疑問に思った方もいるだろう。このマネジメントは決して簡単なものではない。人に期待し続けるには、並大抵の覚悟では足りない。裏切られるかもしれない、変わらないかもしれない――それでも信じ抜く姿勢が、社員の心を動かしている。この姿勢はどこから来たのか?次回は、小野瀬さんの「人の可能性を信じ続ける経営の覚悟」の根源に迫る。