「プロパンガス業界は斜陽産業だ」――そんな言葉を、NEXT・カワシマの社長である川嶋啓太さんは、何度も耳にしてきた。都市ガスの普及、人口減少、エネルギーの多様化……どれも業界にとっては逆風だ。しかし今、茨城県ひたちなか市に本社を構えるNEXT・カワシマには、顧客からの問い合わせがひっきりなしに届いている。
しかも、内容はガスだけにとどまらない。家のリフォーム、車の修理、地元の飲食店の案内まで――「困ったらまずカワシマさんに相談してみよう」と、地域で信頼される“何でも屋”へと進化を遂げているのだ。市場の原理に従えば、地方のプロパンガス屋は先細りしていくはずだ。
しかしNEXT・カワシマは違った。ガスという枠を飛び越え、地域そのものに価値を創出する戦略で、独自の成長モデルを築きつつある。単なる延命ではない。地域の未来に根を張る覚悟と構想に迫る。

代表取締役社長 川嶋啓太(かわしまけいた)
1988年、茨城県ひたちなか市生まれ。大学卒業後、ニューヨークへ留学し、東京のITベンチャー企業に就職。マザーズ上場も経験する。2016年に家業「川島プロパン」へUターン。2018年には社名を「NEXT・カワシマ」へ刷新。3代目として「らぽくらぶ」を立ち上げ、地域をつなぐインフラ企業へと大きく舵を切った。「hakko lab」「まぜるなキケン」など挑戦を生む地域コミュニティも始動。2023年4月、代表取締役社長に就任。地域共創と人材育成を核に、企業の未来図を描き続けている。

株式会社NEXT・カワシマ
1958年(昭和33年)に「川島プロパン」として創業。LPガス販売を中核に、太陽光発電、住宅リフォーム、灯油販売、ウォーターサーバー事業、さらには地域イベントやコミュニティスペース運営にも事業を展開。「暮らしの総合支援会社」としての進化を遂げている。従業員数は約27名、売上高は約8.7億円(2023年時点)。らぽくらぶ会員は3000世帯以上、ガス供給世帯は6000を超える。2023年の川嶋社長就任以降、地域価値創造企業として“インフラ+α”の道を歩み始めている、異端の地方プロパンガス販売会社。
地域の“何でも屋”としてのブランド構築
NEXT・カワシマのユニークな戦略の一つは、何でも屋として地域住民から第一想起のポジションをとることで、顧客の単価を上げていることだ。
「この家のこと、全部お願いできませんか?」
NEXT・カワシマの社員が顧客と会話をする時、そんな一言を耳にすることがある。かつてガスの交換に訪れていたスタッフが、今では家の水回り修理、リフォーム、家電設置、さらには地域の飲食店や車の整備工場の紹介までも頼られているという。その理由はシンプルだ。「困ったときに真っ先に顔が浮かぶ存在」になっているから。
ガス会社は、勝手口から自然と顧客と会話が生まれる立場にある。ガスの交換時、世間話を繰り返すうちに信頼関係が生まれ、「そういえば」と思い出したように、様々なお困り事を相談される。顧客のニーズを把握できる時間なのだ。「昔ながらの“御用聞き”って、実は一番顧客との信頼関係を作りやすいんですよね。」と川嶋さんは笑う。
顧客のお困りごとを聞いて、真摯に応えていく。それが自分達の業務範囲外の内容であったとしても、できるだけお役に立つ姿勢で対応する。一見非効率とも思えるが、丁寧な対応と確かな仕事ぶりを続けることで、顧客の生活そのものに入り込むポジションを得た。
多くの地域住民にとって、「困った時にはカワシマさん」という、第一想起の存在を獲得したのだ。この手法で、新規の広告を打たずとも、顧客単価は自然に上がっていく。実際、顧客の声から始めた、リフォームなどの新規事業は軌道に乗り、売上の柱となっている。
商圏を「選ばれる地域」に変える戦略

勝手口から入り込む戦略と合わせて、自社の商圏を選ばれる地域に限定していることもユニーク。「半径20kmの人達を幸せにしたい」と川嶋さんの口にした20kmこそが、NEXT・カワシマが自ら設定した商圏だ。
すでに他社が参入している地域に商圏を広げるのではなく、自分達の商圏の人口をできる限り増やす道を選んだ。「同社のKPIは20km圏内の人口数。自分達の商圏を住みたい場所にすれば、自然と売上も増える」川嶋さんの発想は、従来の経営セオリーとは逆を行く。
インフラ業者としての特性を活かし、地域の住みやすさそのものを高める取り組みを続けている。ガスの定期配送という継続モデルは、いわば“最古のサブスクリプション”とも言える存在だ。だからこそ生まれた発想である。たとえば、車のトラブルや飲食店の選び方など、ちょっとした困りごとにも即対応。
「カワシマさんに聞けば、信頼のおける会社を紹介してもらえると思ってくれている。つまり、“信頼”をお客様は求めている。これが弊社の価値」
その情報提供が地域に“便利”と“安心”をもたらしている。NEXT・カワシマが紹介するなら間違いない、という“信頼の連鎖”が生まれている。住民の暮らしが安定し、地域に行きつけの店や信頼できる場所が増える。そうした「生活の安心感」が、人口の流出を防ぐ鍵になるし、地域内で経済が回るきっかけにもなる。
「楽しい」が、人を地域に引き寄せる

自社の商圏を選ばれる地域にするため、便利さと同時に、NEXT・カワシマが大切にしているもう一つの軸。それが“楽しさ”だ。
「人は、楽しい場所に住みたいと思うんですよ。だから僕たちは、楽しいことを仕掛けるんです」
その象徴が、会員制サービス「らぽくらぶ」。会員向けに、毎月イベントが開催される。先日は200名以上が参加した地引網体験が大盛況。他にも熱気球に乗る体験など、家族で楽しめる内容が豊富で、地域に自然なコミュニティが生まれている。
さらに、趣味や特技を活かせる「らぽーるカワシマ」というコミュニティスペースも作った。料理教室、ヨガ、ハンドメイドなどのイベントが定期的に開催される。趣味をきっかけに、地域の人同士が繋がる場所となっている。
「楽しい場所に住みたいし、そこにずっと住み続ける理由になるのは、友達がいることだと思う」と川嶋さん。“地域が楽しい=人が集まる=経済が回る”このサイクルを回すNEXT・カワシマ。気がつけば地域のハブ的な存在となり、そこにも“信頼”と“つながり”が生まれている。
究極のインバウンド営業モデルへ、そして未来へ

NEXT・カワシマは、飛び込み営業や広告出稿といった従来の営業手法をほとんど使っていない。それでも新規の相談は絶えず、既存客との取引は年々広がっている。
「これって、究極のインバウンド営業じゃないですか?」
商品やサービスを売り込むのではなく、信頼関係の中から“必要とされる”企業になった。その結果、地域の声が事業を育て、社員のやりがいも高まっている。川嶋さんの最終目標は、このモデルを全国に広めること。
「ガス屋だからこそできる地域の支え方」を可視化し、他の地方ガス会社にも展開していきたいという。「プロパンガス業界って、どこも似たような悩みを抱えてる。でも、変わることを恐れなければ、きっと未来は拓けるはず。僕らが先陣を切りますよ」
地域を愛し、変革を恐れず、次の世代へと想いをつなぐ。NEXT・カワシマの挑戦は、地方企業の希望そのものだ。
次回予告
今回は、NEXT・カワシマが“何でも屋”として地域に選ばれる存在となる仕組みに迫った。次回は、その仕組みを支える“人”に焦点を当てる。プロパンガス屋から地域の何でも屋に変わるため、社員のマインドセットをどう変えたのか?そして社員たちはなぜ変化を楽しみ、挑戦を続けられるのか? 川嶋社長のマネジメントスタイルに深く迫る。