あけぼの印刷社は、茨城の老舗印刷会社だ。けれど、その実態は“印刷”にとどまらない。「情報伝達業」として次々と新たな挑戦を仕掛け、社員が自らビジネスチャンスを見つける風土を築いている。縮小傾向にある印刷業界で、なぜこの会社だけが進化を遂げているのか?その答えは、山田周社長の「変化に賭ける哲学」にある。

代表取締役社長 山田 周(やまだ しゅう)
株式会社あけぼの印刷社の代表取締役社長。1974年茨城県水戸市生まれ。大学卒業後、大手通信会社に約11年勤務し、2015年に家業へ入社、代表に就任。通信業界で培った企画・営業力とITの知見を活かし、「情報伝達業」としての印刷の新たな価値を模索する。社内改革・デジタル化・POD導入・社員のリスキリング推進など、伝統と革新を融合させた経営を推進している。

株式会社あけぼの印刷社
1946年(昭和21年)創業、茨城県水戸市に本社を置く総合印刷会社。資本金3,000万円、従業員約90名。早くからDTP・CTP導入し、社内IT化や工程管理を推進。印刷だけにとどまらず、Web連携・POD印刷、看板デジタル・物流一体サービスなど、多様な情報伝達ソリューションを展開。社員育成や社内活性化にも力を注ぎ、「伝えること」を軸に成長を続けている。
印刷会社の枠を超えた「情報伝達業」
「茨城県のあけぼの印刷社」と言われたら、多くの人が「地方の印刷会社」というイメージを抱くだろう。しかし、彼らは今、その常識を根底から覆している。
自らを「情報伝達業」と定義し、驚くべきスピード感で事業領域を拡大するこの会社は、単なる地方の印刷会社ではない。現在の売上11億円から20億円への成長計画、そしてその先に見据える更なる売上拡大。上場も考えたい。これは、縮小傾向の印刷業界では極めて異例の、まさに「異端」の挑戦だ。
この変革を推進するのは、社長の山田周さんである。彼の経営哲学は「変化し続ける経営」だが、これは単なる華々しいサクセスストーリーではない。インターネット印刷の台頭、社会全体のペーパーレス化の進展。印刷業界が直面する構造的な変化を、山田さんは冷静に、そして強い危機感を持って見つめている。印刷業界で「現状維持」は、もはや「衰退」と同義なのだ。
その根底には、「変化が怖いのは現状維持のリスクを知らないだけだ」という、深く鋭い信念が横たわっている。山田さんは、どのように事業領域を広げてきたのか?その実態に迫る。
印刷業の常識を打ち破る爆速進化

あけぼの印刷社が、まず聞き手を驚かせるのは、その「自己定義」にある。彼らは、自社を単なる「印刷業」ではなく、「情報伝達業」と明言する。1946年に印刷会社としてスタート。
山田さんは3代目の社長で、そこから変化が始まった。「紙」という媒体に固執せず、情報伝達の手段や方法を柔軟に、そして無限に拡張していく。まさに、枠にとらわれない思考の象徴と言えるだろう。この柔軟な思考と、チャンスを逃さない瞬発力を象徴するエピソードがある。
とある小売業との取引が拡大したきっかけは、まさに彼らの「スピード」と「行動力」の賜物だった。ある日、社員が、山田さんにこう話した。
「店内装飾物を自社で製造できるようになれば、店内装飾品の仕事も受注できるかもしれません。即納品を望む彼らのニーズに、現在の請負会社は対応できていない」
山田さんは即決。店内の装飾品を制作できる機械を購入。1千万円の投資だった。
通常であれば会議室で時間をかけて検討されるような重要な決断も、「やってみよう」と即ゴーサイン。夕方発注で翌朝の8時に納品できるスピードを強みに、通常の紙の印刷以外の新たな販路を開拓できたのだ。
山田さんは、この強みを活かして展示会に出展。すると、同様のニーズがあることが分かり、仕事を受注できた。印刷会社にとって小売業は大口の取引先。その分、競合の印刷会社も多い。
その中で新規に受注を勝ち取るのは並大抵のことではない。まず動き、やってみてから考えるという、変化を微塵も恐れない企業文化。そして「常識」や「計画」よりも「実行」を重んじる姿勢が、このエピソードから如実に現れている。
あけぼの印刷社が事業領域を広げられた理由
山田さんは、常に新規事業のアイデアが無いかと考えている。
現状維持を良しとせず、常に成長の機会を狙う姿勢で仕事をしている。そしてその考えは、社員にも浸透している。「現場で新しいアイデアを見つけて来てほしい」毎回、期待を込めて社員を現場に送り出している。
だからこそ、社員も常にビジネスチャンスのアンテナを張る。その結果、自社の強みを活かした、新しい事業領域で成功モデルを作ることができた。
自分のアイデアが即断即決で採用されると、社員も嬉しい。また次の機会を探そうとする好循環が生まれる。常にチャンスを探ること、機会が来た時は素早い判断をすること、その積み重ねが、一風変わった今のあけぼの印刷社を創っている。
現状維持は衰退のリアル

山田さんのチャンスに飛びつく姿勢と、優秀な社員の機転によって、今では小売業以外にも、製造小売食品メーカーの店内装飾や、大手スナック菓子メーカーのポスターやパネル印刷も担当するまでに成長した。
実際、この事業領域の展開がなければ、会社として衰退の道を辿っていた。今までと同じやり方での印刷物受注は、安値競争が激化し、利益を出すことが大変だ。
これに対して、店内装飾や、パネルの印刷は近隣同業社が少ない。さらに店内装飾については自社で建設業許可を取得した。このため、今後は店内装飾などに力を入れていく予定だ。
変化を恐れて、既存事業だけを続けていたら、今頃はどうなっていたのだろう。そこに成長の未来はなかったことだけは断言できる。まさに、変化を選んだからこそ生き残れたのだ。
次回予告
自らを印刷業ではなく情報伝達業と定義し、変化を恐れずに事業領域を拡大してきた、老舗の印刷会社。後編では、社長の山田さんが、なぜ変化を恐れず、むしろ積極的にそれを求め続けるのか?に迫る。 その根っこにある哲学と、それが日々の経営にどう具体的に現れているのかを、彼の半生と照らし合わせながら深掘りしていきたい。