「やらされる仕事」から「自分で選ぶ仕事」へ  — パン工房ぐるぐるの共感で走るチームのつくり方

パン工房ぐるぐる 社長 栗原

独立から3店舗・年商2.4億円まで駆け上がる一方、社内の人間関係は殺伐とし、仲間が離れ、出勤途中の車内で「俺、何のためにやってるんだろう」と呟いた。学び直しの末に「人は変えられない。変えられるのは自分だけ」と腹落ちし、「縁ある人を物心両面の幸福に導けるリーダー」という“ありたい姿”を言語化するまでを描いた。いまのぐるぐるは、その気づきを土台に、売上の成長と人間関係の温かさが同居する会社へと舵を切っている。

「社員が幸せになれば、会社も自然と良くなる」

DOITER

代表取締役 栗原 淳平 さん


株式会社ぐるぐる

「人を動かす」経営から、「人が動きたくなる」経営へ

まず、会社の定義をひっくり返した。

「社員が自分の夢を語れるようになったら、会社はもっと強くなると思ったんです。だから会社は、みんなの“やりたい”を叶える自己実現の場所としました」

社長が指示を出し、人を動かすのではない。社員がやりたいこと、目指す姿を宣言し、会社はそれを支援する。この状態を目指すほど、仕事の質は上がり、成長は加速し、人間関係は温度を取り戻す。

キーワードは社員の主体性だ。会社の目的を「社員の自己実現」と置き換えた瞬間から、ぐるぐるの組織づくりは大きく動き出した。

ビジョン共感を育てる──理念ブックと採用の仕組み

この方針の大前提は、個々の“やりたい”と会社のビジョンが合致すること。方向が揃えば、社員のやりたいことを実現させると、会社も成長するというサイクルができる。

このため、会社のビジョンに共感する人のみを採用すると決めた。同じ方向を向ける仲間と働くことが、チームを強くすると知っているからだ。

既存の社員にもビジョンに共感してもらうための取り組みを始めた。会社のビジョンと価値観を言語化した理念ブックを作り、全員に配布した。毎朝、工房で理念を唱和し、そのまま開店準備へ。ビジョンと理念を中心に据えることで、社員が迷ったときに立ち戻る、心の拠りどころが生まれた。こうした価値観の共有は、信頼構築の最初の一歩になった。

面談──「どう在りたいか?どうなりたいか?」を聴く時間

理念に共感した仲間が集まったら、次は社員の理想の姿を聴く番だ。栗原さんは3か月に1回、1対1の面談を全社員と行う。指示はしない。するのは傾聴と承認だけ。個人の理想の姿を引き出すためだ。

とは言え、最初から上手く出来た訳ではない。面談を始めた最初の頃は、相手のやりたいことを聞きつつも、無意識に会社のやりたいことに当てはめようとしてしまっていた。すると社員達は、本心ではないところに目標設定されたような気がして、やはり仕事の質は上がらない。

これでは変わらないと気付いた栗原さんは、面談のやり方を改めた。会社の都合は話さず、あくまで「あなたはどう在りたいか?」だけを傾聴し、理解するよう努めた。沈黙が落ちても急かさない。すると言葉を選びながら、社員達のやりたいことが少しずつ輪郭を持つ。

「リーダーになりたい」「こんなイベントをやりたい」「○○歳まで働きたい」「子育てをしながら働きたい」「メンバーがもっと働きやすい環境を作りたい」

出てきた言葉に対し、店のシフト、研修、業務設計を調整して背中を押す。自分で選んだ仕事は、持続力が違う。栗原さんの面談で、やりたいことを承認された社員達は、前のめりになって仕事に取り組んだ。結果、以前よりもずっと良い成果を出した。

「経営って、環境を整えることなんですよね。人を変えることじゃない」

社員が自分の思いを言葉にできるようになると、組織は静かに、しかし確実に変わり始めた。

数字を開き、未来を共につくる

次に数字の扉を開けた。栗原さんは、かつて数字を自分ひとりで抱え込んでいた。そして、社員に対してこう思っていた。

「なんで同じように頑張ってくれないんだ!」

怒っても、距離が広がるばかり。そんな日々に終止符を打ったのが、PLの共有だった。

3年前から、会議室を借りて店長層とPLを定例でレビュー。情報は包み隠さず公開し、「なぜ忙しいのか」「どこに詰まりがあるのか」を、売上、原価、広告宣伝費、人件費など、事実ベースで説明した。初回は「忙しいのにやる意味があるのか?」という声もあったが、長期的な目線で経営を判断していくのも会社にとって大切な仕事と、視点の違いを丁寧に言葉にして共有し、店長達と目的をそろえた。

数字で会話するのが当たり前になると、怒りは課題に変わる。店長たちは自店の数字と打ち手を自ら発表し、改善提案が会議の中心になった。

さらに、全社員向けの事業計画発表会を実施。社長・店長が翌年の方針を言語化。「なぜやるのか?どうやるのか?」が、社員の中に深く落ちていった。終了後、ホワイトボードの前に輪ができ、「やろう」「やれる気がする」という納得感と安心感が足もとに広がった。

愚直な積み重ねが文化を育てる  

ぐるぐるの組織改革に、派手なことは何ひとつない。理念も仕組みもゼロから、地道に積み上げてきた。

「一つひとつ、丁寧に積み重ねてきただけです。でも、その一つが文化になっていった」

理念ブック、面談、PL共有、事業計画発表会——どれも地味で、準備に手間がかかる。けれど継続の力は想像以上だ。誰かの“やりたい”が叶うたび、周囲の心に小さな火が灯る。「次は自分も」と火が移る。やがてそれは組織の“常識”になる。厨房では、注意の言葉が提案に変わり、会議では「社長、これやっていいですか?」から「こう進めたい」に変わった。数字は堅調に、関係は穏やかに。会社は静かに強くなる。

今では、人間関係が良くなり、売上も堅調に伸びている。社員が自分の幸せを語り、会社の方向性と重なり合っている。

「社員の自己実現を通して地域になくてはならない会社になること。それがぐるぐるの理想です」

その言葉通り、会社全体が共鳴して動いている。栗原さんは最後に、静かに笑った。

「パンも人も発酵なんです。焦らず、温度と時間をかければ、ちゃんと膨らむ」

人も組織も、急には育たない。信頼と理解の時間が、関係を発酵させていく。人を変えるのではなく、変わりたくなる環境を整える。社員の幸福が、会社の成長を生み、地域の笑顔につながる。ぐるぐるの店先に今日も並ぶのは、焼き立てのパンと、そんな未来の香りだ。

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