『得意』に振り切ると、会社は動き出す――地方企業の社長たちから学んだこと

経営者と名乗ると「すごいですね」と言われる。あなたにも、そんな経験があるはずです。そこには“何でもできるスーパーマン”という像が透けて見える。私自身も、かつてはそう信じていました。

けれど、取材の現場で知ったのは、まったく逆の真実です。――経営者はスーパーマンである必要はない。偏っていて、いい。むしろ偏っていたほうがいい。

地方で結果を出している社長ほど、自分の好きと得意の交差点に迷いなくアクセルを踏み込み、ほかは人に任せています。つまり、得意なことは得意でいい。そのごく当たり前のことを、堂々とやり切っているのです。


経営者はスーパーマンじゃなくていい

すべて自分で抱えたほうが早い――その誘惑は、誰にとっても馴染み深いものです。しかし会社は、個人の力の限界で止まるべきではありません。うまくいっている社長は、オールラウンダーを目指しません。自分の偏りを認め、特技として受け入れ、それをエンジンに据えることで速度を上げています。

たとえば、組織づくりが好きで得意な人は、戦略立案を仲間に託す。資本政策が得意な人は、日々の運営を仲間に任せる。自分が本当に力を発揮できる領域に集中し、その他は託す設計に切り替えるのです。

根っこにあるのは、自分の気持ちに素直で正直であること。松下幸之助は『道をひらく』や『素直な心になるために』で、素直な心こそ道を開く姿勢だと繰り返し説いています。自分は何が好きで、どこで力を発揮できるのか――その声に耳を澄ませた瞬間、次の一手がはっきり見える。そんな場面に、私は何度も立ち会ってきました。


好きを作業レベルまで解像する

とはいえ、やりたい業務の輪郭が曖昧なままでは、足がもつれます。楽天の仲山氏が著書で示唆するように、好きは作業レベルまで降ろしてこそ力になります。

新規事業が好きだというなら、顧客十人に電話し、未充足ニーズをメモするあの時間が好きだ、と言い換えてみる。組織づくりが好きだというなら、社員と向き合い、コーチングの姿勢で気づきを引き出す面談という作業が好きだ、と描いてみる。

ここまで落とし込めば、好きで、得意で、人の役に立つ作業がくっきりする。そこに全力を注ぎ、それ以外は任せる。結果として、社内の摩擦は減り、前進の速度が上がる。好き×得意×役に立つ、その交点は、抽象ではなく動詞の連なりとして立ち上がるのです。

あなたの好きで・得意で・役に立つ作業は何でしょう。いま一度、手帳を開いて向き合ってみてください。そして、苦手は手放す。ここから、会社の物語が変わりはじめます。


任せる勇気は、弱さの告白から始まる

人に任せることは、できない自分を告白するようで、プライドが邪魔をする――その気持ち、よく分かります。失敗のリスクを思えば、怖さもあるでしょう。けれど、うまくいっている社長ほど、笑ってこう言います。

「自分、社会不適合者なんで。できないこと、いっぱいあるんで」

「社員を尊敬してるよ。僕にできないことを、彼らがやってくれている」

ここで言う“不適合”とは、平均に合わせないという宣言です。自分の偏りを理解し、受け容れ、他者に助けてもらう設計に切り替える。そう決めた途端、世界のピントが合います。社会は一つの物差しで測れません。できる・できないではなく、得意と役割が違うだけなのです。

社長がいちばん仕事ができなければならない、上司は部下より仕事ができなければいけない――そんなことはありません。だからこそ、経営者であっても、できないことはできないと言い、人の力を借りていい。得意を活かしたほうが、結果として事業はうまく回ります。


だから、地方企業は面白い

大企業に長くいた私は、つい人と比べてしまう癖がありました。今振り返ると、比較の土俵は営業成績や売上といった、一つの基準に偏っていたのだと思います。地方の経営者に取材を重ねるうち、同じフィールドで勝負するよりも、いかに違いを設計できるかが大切だと気づきました。その違いこそが強みになり、人に貢献できる部分になるのです。

私も得意を磨き、ほかの得意を持つ人と協力して、社会に貢献していきたい。そう思わせてくれたのは、出会ってきた地方企業の社長たちです。気づきを授けてくれた皆さんに、心から感謝します。――だから、地方企業は面白いのです。